洞爺湖のほとりにある、一軒のパン屋

日々、意味>新 2017.09.30 水島 七恵

例えば東京で、日々パソコンのなかの言葉と格闘している自分と、山に登ったり、畑で野菜を収穫する自分を「ギャップ」と思いたくなくて、つまりはそのどちらも私には必要だからこそ、当たり前につないでいくことを模索したい。つないでいくことが年々切実になっていく今、foodremediesのかこさんと北海道洞爺村にあるラムヤートに数日間、滞在させてもらいました。

洞爺湖のほとりに、ツタの這う一軒のパン屋、それがラムヤートです。お店がオープンするのは週末の2日だけ。1月から3月にかけては冬季休暇となるラムヤートを経営する今野満寿喜さんは、家族との時間を大切にしながら、大工仕事に勤しみつつ、これからの暮らしの在り方を模索しています。そしてここ数年は、今野さんの生き方に共感した人々が次々とラムヤートの近所に自分たちのお店を構え始め、洞爺湖のほとりは新しい文化が生まれつつありました。
そんなラムヤートに私は滞在することになったわけですが、それは想像以上に自分の本能を揺さぶる体験となりました。
そもそもが「はじめまして」「今日から数日間お世話になります」「ご出身はどちらですか?」などといった、よくある初対面時の定型文や間合いなんて全く通用しないのです。なぜならドアを開けたその先には、3匹の猫と子供達の日常、そしてラムヤートを囲む周囲の人々の日常全てが、ありのままに目の前で繰り広げられているから。私はふいに背中を押されるかのごとく、ドボンッと勢いよく、その日常の中へ潜り込んでいくしかありませんでした。
ラムヤートの屋根裏部屋で寝とまりしながら、朝は満寿喜さんご一家とともにラムヤートのパンを食べて、その後、この時期の季節の恵みである自生したきのこや栗を収穫するために近くの森へ入ります。十分に収穫したその後は少しお昼寝をして、カヌーに乗りますが、その間もご近所の人が出たり入ったりしながら今野家はつねに賑やかです。そして夜は近所にある銭湯に行ってゆっくりと身体を温めるのでした。そうやって私はラムヤートの日常の中に混ぜてもらったのです。

自分はどう、生きていきたいか。何を喜びとするか。何が許せないか。満寿喜さんはその一つ一つがわかっている人でした。ちゃんと自分の中にある野生に従いながら、主体的に世界を捉えて、自分の道を歩いている人でした。その姿は本当に美しく、あたたかい。何より主体的に物事判断できているからこそ、他者を招き入れられるし、新しいコミュニティがこの洞爺湖のほとりで生まれているのだと、実感したのです。

豊かさとは何か?
チーム・ラムヤートのみなさま、ありがとうございました。いただいた気持ちを、春に形にして、またラムヤートに戻ってこれるように、これから頑張りたいと思います。

水島 七恵
水島 七恵
編集者。新潟生まれ。人の営みから生まれる文化全般を思考領域としながら、雑誌やウェブメディアを中心に、企画とディレクション、執筆を行う。最近の仕事に「TOKYO PAPER for Culture」(vol.01〜vol.16)の編集ディレクションと執筆、雑誌「リンネル」(毎月20日発売)でのシネマレビュー執筆などがある。自分の原点は、音楽。最近目覚めたことは、筋トレ。私にとって編集とは世界の見かたを増やす手段だと思っています。

Related

おすすめキーワード