遅さは贅沢。

日々、意味>新 2017.10.09 加藤 孝司

先日富山市に行った時に、街中を路面電車が走っているのをみて、あらため路面電車が走っている街のおおらかさを感じた。
都会でも郊外でも車が我がもの顔で走っているようにみえる時がある。車に人格を感じられるないことも、そう感じさせるひとつの要因だろうか。
路面電車はかつては都心にも縦横に走っており、いまも通りや地図をみると路面電車が走っていた名残りをそこかしこに見ることができる。
今ほど車が普及していなかった時代には、路面電車は近距離を移動する手段としては一般的だった。ここ富山市内や高岡市内、僕が知っているだけでも広島市内、都内では荒川線の車両が今でも現役で往来を走っている。
次世代型路面電車、LRT(ライトレール)は海外では一般的だし、専用軌道を確保することで、路面電車と比べて高速化、輸送力も高く、今後国内でも都市の足としてさらに導入が検討されるだろう。
実際慢性的な交通渋滞、高齢化する現代社会において、その経済性、利便性の高さから、いまあらためてその価値が再評価され、全国で既存路線の延伸、あるいは新設が検討されている地域も少なくない。
スローライフがいわれて久しいが、移動も単にスピードを重視する時代は終わり、質が求められる時代になったといえる。遅さは贅沢、そんな風にいわれる日も近いかもしれない。世界の経済競争からおいてきぼりぼりを食らったとしてと焦ることはない。日本人がそんなことを思えるようになったとき、成熟した社会といわれるのではないだろうか。そしてそれは決して難しいことではないと思うのだ。

加藤 孝司
加藤 孝司
加藤孝司/かとう たかし
デザインジャーナリスト。東京は浅草生まれ。デザイン、クラフト、アートなどを横断的に探求、執筆。雑誌やウェブなどへの寄稿をはじめ、2005年よりはじめたweblog『FORM_story of design』では、デザイン、建築、映画や哲学など、独自の視点から幅広く論考中。休日は愛猫ジャスパーと過ごすことを楽しみとしている。

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