IBMにみる「次の100年へ」。

日々、意味>新 2017.12.29 加藤 孝司

以前、「この100年を、次の100年へ」とコピーのつけられたIBMの新聞広告について書いたことがあるが、いよいよ2年後となる「2020年」に2回目の東京オリンピックを日本は控えながら、100年先の未来が目に見えるようになるどころか、ますます見えにくくなったように思う。

より便利な生活のためにサービス向上をはかり、経済発展に寄与し、「THINK=考える」をスローガンにかかげ、未来のよりよい暮らしについて思考したIBMが想像した100年後。50年前に想像したミレニアムは今よりだいぶ進んだ未来像だったけど、今から50年後は、たぶん、誰も想像が出来ないような未来が待っている。
‘50年代のスプートニク号、’60年代、人類初の有人宇宙飛行、アポロ11号の月面着陸、’70年代の宇宙ステーション、’80年代、初の再利用可能な宇宙船スペースシャトルの登場。
自分たちが曖昧であやふやな存在であることを知りつつも、テクノロジーの発達とともに輝かしい未来が訪れることを疑うことがなかったそんな時代。
アップルが「クレイジーな人たち」と言った、アルバート・アインシュタイン、パブロ・ピカソ、ジョン・レノン、バックミンスター・フラー、マーティン・ルーサー・キング。彼らはもうすでにいない。
2017年もあと数日で終わる。今はあの頃無邪気に思い描いていたような到底輝かしい未来を安易に想像できるような現在では、ない。2020年のオリンピックを前に2019年には日本は元号改元も控える。2018年はどんな年になるのか?新しい時代を迎えるが僕達はどんな未来を生きるのか?そんな到底出ない答えに問を投げかけるしかないが、それでもなお僕達は明るい未来を待っている。

 

 

 


 

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