17年越しのMIKIMOTOのパール

日々、意味>新 2017.09.09 水島 七恵

身につけていないと心もとないもの、それが私にとってのジュエリーです。
若い頃はジュエリーを身につけることで、言葉は悪いのですが、武装するような気持ちもあったかもしれません。よし、やるぞ!と社会に、自分に気合いを入れるのです。洋服以上にジュエリーは自分の内面を写す鏡のような存在でもあって、そのせいか選ぶジュエリーも女性らしいさりげないものよりも、どちらかというと大ぶりの、主張のあるものを選んでいました。
そんな私が最近手にしたもの、それがMIKIMOTOのパールです。
世界で初めて養殖真珠を創り出したMIKIMOTOのパールは一生モノの代名詞であり、大人の女性の証。幼い頃、母親が大切にしているその姿を見ながら、そんな風に私のなかに染み込まれていたMIKIMOTOは、冠婚葬祭など、特別な時に身につけるものとして、日常使いからは遠く離れた場所に存在していました。
けれど、ある日MIKIMOTOのパールが欲しくなったのです。白いTシャツに黒いパンツ。年を重ねるごとにどんどんシンプルになっている洋服にこそ、MIKIMOTOのパールは最強に頼りになってくれるのではないか。大人の楽しみかたではないか。そう、本能的に思ったのです。
思ってしまったからには行動が早い私は、早速、MIKIMOTO銀座4丁目本店へ。本店のドアを開けるのは不釣り合いな身だしなみをしていないか?と、自分に恥ずかしさを抱えながらも、勇気を持って「ブレスレットが欲しいです」と一言。そんな私に店員さんは快く真珠の説明をしてくれます。
同じ海、同じ種の貝で育ったとしてもひとつとして同じものないこと。そして選ぶ真珠の大きさによっても、身につけた時の印象が全く変わってくること。聞けば聞くほど、身につけてみればみるほど奥が深い真珠の魅力。もう随分昔に「大人」になったにもかかわらず、「大人の買い物とはこういうことだ」と、そのとき私は深い充実感に包まれたのでした。


パールのブレスレットは、今大活躍しています。
と同時に、後日、私のもとにはMIKIMOTOのネックレスがやってきました。なんと私の成人記念に叔母さんがプレゼントしてくれたというネックレスです。それを当時の私にはまだ早いと、ずっと母が実家で保管していたようで、「MIKIMOTOのブレスレットを買ったんだ」と私が母に伝えたことで、そのネックレスの存在が明らかになったのです。
「お母さん、もっと早く渡して欲しかった」。開口一番そう言いましたが、よくよく考えてみれば、このタイミングがベストだったのかもしれません。なぜならMIKIMOTOのネックレスを身につけるに値する大人ではなかったから。
ということで、今はとても納得の気持ちで、約17年越しのネックレスを、これからゆっくりと自分に馴染むようにしていけたらいいなあと思う、今日この頃です。

 

 

水島 七恵
水島 七恵
編集者。新潟生まれ。人の営みから生まれる文化全般を思考領域としながら、雑誌やウェブメディアを中心に、企画とディレクション、執筆を行う。最近の仕事に「TOKYO PAPER for Culture」(vol.01〜vol.16)の編集ディレクションと執筆、雑誌「リンネル」(毎月20日発売)でのシネマレビュー執筆などがある。自分の原点は、音楽。最近目覚めたことは、筋トレ。私にとって編集とは世界の見かたを増やす手段だと思っています。

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