022019

Special #34

ロナン・ブルレック氏(ロナン&エルワン・ブルレック/デザイナー)インタビュー

クヴァドラの新作テキスタイルについて。

interview ,text & photo加藤 孝司

世界的に活躍するフランス人デザイナーデュオ、ロナン&エルワン・ブルレックのデザインは、素材と技術、それを取り巻く環境のリサーチから生まれている。今回デンマークのテキスタイルメーカー「クヴァドラ」から発表された「レンヌ」と「シェネット」という二つのテキスタイルは、オーガニックやネイチャー、ローテクとハイテクの融合など、彼らのこれまで作品がもつさまざまな要素が凝縮した美しいテキスタイルだ。

2018年10月に青山のクヴァドラショールームでのエキシビション開催に合わせて来日したロナン・ブルレック氏に、クヴァドラから発表されたこの二つのテキスタイルについて、そして創作の背景について話を伺うことができた。

レンヌとシェネットが生まれた背景

今回クヴァドラから発表された新作のテキスタイルは繊細な刺繍が美しい作品です。まずはこのレンヌとシェネットについて教えてください

この20年間ほど私はどうしたらテキスタイルを建築のインテリアの中に取り入れることができるかということを考え続けてきました。そしてテキスタイルを使った新しい言語、新しい表現方法がないかを自分に問いかけてきました。

今回のテキスタイルですが、パリでコムデギャルソンの仕事をしているジャンマルクという友人をきっかけに生まれました。

私はよくフェルトペンでデザイン画を描いているのですが、それをみたジャンマルクがこれはもしかしたら刺繍を使えば、フェルトペンの濃淡をテキスタイルで表現できるかもしれないと言いました。そこからリサーチが始まりました。

 

今回の作品ですが、そもそもは2015年の11月にイスラエルのテルアビブでスクリーンに関するエキシビションを行った際に展示しようと制作を開始したものでした。

その時はこれらのテキスタイルをつくるために適した技術を私たちは持っておらず、ファッションのテキスタイルをつくるマシンでつくりました。それをインテリアや建築に応用できないかと模索をしている時に、以前からお付き合いのあったクヴァドラに相談したんです。

 

ご存知のようにクヴァドラは世界的なテキスタイルメーカーとして知られており、高い技術を持っています。そして、テキスタイルでもファッション用と建築のインテリア用のものとではレギュレーションの部分でさまざまな違いがあり、それをきちんとクリアすることができる技術をクヴァドラはもっていました。

クヴァドラとの出会いで本作が実現したのですね。今回のテキスタイルにはレンヌとシェネットという詩的な響きの名前がつけられています。名前の由来を教えてください。

レンヌはフランスのブルターニュ地方にある町の名前ですが、私と弟のエルワンが生まれ育った町なんです。そこでの思い出を作品名にしています。シェネットは文字通りチェーンのことです。鎖状に繋がった模様になっているので、この名前にしました。

 

先ほども技術面のお話がありましたが、チェーンステッチや刺繍でしなやかな表現をするのは技術的にとても難しいのではないかと想像するのですが、つくる上で難しかったのはどんなところですか?

そうですね。すごく難しかったです。生地があってそこにステッチをしていくわけなのですが、まず繊細で上品な生地に機械で精巧なステッチを施していくこと自体がとても難しい技術なんです。ソフトな生地に刺繍をほどこすと、どうしてもテンションがかかりやすく、生地が釣ってしまうんですね。完全に平らなものをつくるにはものすごくデリケートな技が求められ、完成まではとても難しい道のりでした。

それと今回製品にはあえて不完全な要素を残しているのですが、それは私がフリーハンドで描くドローイングのような感じが出ていて、とても味わい深いものだと思っています。最初はクヴァドラの技術者が不完全な部分を気にしていたのですが、私にはそのことが「人生」のようだと思って、喜んで受け入れています。これはコンピュータではなく、人間が人間のためにつくるテキスタイルですから。不完全でもいいと思っています。


「ネイチャー=自然」と、
「人生」の様相を映し出すテキスタイル

それはロナンさんの人生観にも繋がっているのですか?例えばフランスには楽しいことも苦しいことも「セラヴィ!」、これも人生だよと言ってその状況を受け入れる文化がありますよね。

その通りです。まさにこれはフランス人にとっての「セラヴィ」の美しい部分だと思います。今の世の中には人工的なものが多いですよね。でも私はコンピュータで作ったようなものではなく、オーガニックでネイチャーなものを好んでいます。レンヌとシェネットにはそんな自然な要素が表れていると思います。

今回東京のクヴァドラショールームの展示では、新しいテキスタイルとともに、クヴァドラとロナンさんのもうひとつの仕事である「クラウズ」で、植物が建物を覆うようなインスタレーションも展開されています。この作品にもロナンさんの好みであるオーガニックな様相が映し出されているように感じました。自然との関係という意味において、クラウズとはどんな作品ですか?

クラウズは建物の壁面に生えている「つる草」のようなイメージです。今回は建物のガラス面を覆うようにモジュールを積重ねていくことをしているのですが、それ自体が有機的な行為でした。たとえばレンガを積重ねて幾何学的な模様をつくっていくのではなく、点が集まって少しずつ大きくなっていく、小さな花びらが集まってひとつの花になっているあじさいの花のようなイメージです。もちろん、あじさいの花をつくろうと思ったわけではありませんが、自分の作品を分析するとするならば、あじさいの花に類似性を見出しました。

 

あじさいとはまさにその通りですね。今回の二つのテキスタイルは高い技術力をもったクヴァドラだからこそ実現できた作品だと思いますが、これまでさまざまなカンパニーとお仕事をしているロナンさんにとって、クヴァドラと他のカンパニーとの違いを教えてください。

私にとって企業と一緒に働くということは恋愛に似ています。今私が一緒に仕事をしているカンパニーは実に情熱的にお仕事をしてくれています。クヴァドラとも長年一緒に仕事をしているのですが、とても居心地がいいんですね。というのもクヴァドラは私が求めているものに対して、惜しみなくリサーチをしてくれます。そして一緒に作り上げようとするものに対して一切の制限を加えません。一緒に何かプロジェクトを始めることが決まったら、成功ありきではなく一緒にリスクを負って、ともに作り上げようとしてくれます。ですのでクヴァドラと仕事ができることを私はとても幸福だと感じています。


アイデアが浮かぶとき

ロナンさんのインスグラムを拝見すると、アトリエにご自身の作品ととともにいろいろなものが置かれていて、一つのひとつがとても気になります。それらはロナンさんにインスピレーションを与えるものなのでしょうか。

そうですね、それらは私にインスピレーションを与えてくれるものでもありますね。でもとてもたくさんのものがスタジオにはあふれています。私の頭の中もアトリエと同じくらいゴチャゴチャしていますが(笑)。

先日京都に行ったのですが、とてもたくさんの刺激を受けて、さらに頭の中がゴチャゴチャになりました。いつものことなのですが、日本に来るととても大変なんですね。ビルの壁も、電柱も、電車の中でも、人工的なもの、有機的なものなど、目をどちらかに向けるだけでたくさんの情報が飛び込んできますから。

特に東京には至るところにさまざまな情報が溢れていますね。

東京の街並みにおいては、私は窓の外に見える電線からもさまざまな情報を読み取ります。

私の考え方としてはストイックに物事を突き詰めるというよりも、できるだけたくさんの多くのものを吸収して考えたいと思っています。

例えば、あるものを見てインスピレーションを得て何かをつくるというよりも、見た多くのものをごった煮のスープのようにするようなインスピレーションの受け方かと思っています。

 

ロナンさんの創作のアイデアはどんな瞬間にひらめくのですか?

いい質問ですね。すごく疲れているときです(笑)。心身ともに疲れきっている時に意外といいアイデアが浮かんでくるんです。何か生み出そうといった余計なフィルターをつけていないから、いい直感が生まれるのかもしれませんね。いよいよプロジェクトをフィニッシュさせなきゃというギリギリのところで、ふとアイデアが浮かぶこともあります。むしろ集中して答えを出そうとしている時には意外といいアイデアが生まれないものです。面白いですよね。

個人的にお聞きしたかったのですが、うちには猫が一匹いるのですが、ロナンさんがデザインしたテーブルの上がお気に入りの居場所です。ロナンさんのインスタグラムに登場するロングヘアーの猫ついて教えてください。


うちには猫が二匹いるんですよ。(写真を見ながら)あなたの猫もとても可愛いですね。

ウペットとニトゥーシュです。ウペットはお化粧のパフという意味なんですよ。あなたの猫の名前はなんというのですか?

ジャスパーです(笑)。猫は居心地がいい場所を知っているといわれますが、ロナンさんのインスタグラムでも、ウペットちゃんたちが、ロナンさんがデザインした椅子の上で寛いでいたり、動画ではドローイングの邪魔をしたりしていますね。


そういう判断もありますね(笑)。描いたばかりドローイングの上に乗って邪魔をするものだから、たくさんのドローイングを駄目にしてしまいました。ドローイングに使用しているのは光沢のある紙なものですから、猫が歩くとフェルトペンのインクが滲んでしまったり、足跡がついたりします。ギャラリーの人はこれは失敗!というのですが、私はそれも愛猫のサインだと思って気に入っています。ブルターニュの家のコンクリートの床には、まだ生乾きのコンクリートの上を歩いてついた猫の足跡もあるんですよ。

それを聞いて安心しました。猫もロナンさんの作品もオーガニックですからね。

まったくその通りだと思います(笑)

ロナン&エルワン・ブルレック

1971年生まれのロナン・ブルレックと、1976年生まれのエルワン・ブレックの共にフランス生まれの兄弟によるデザインスタジオ。1990年代より活動。現在パリに拠点を起き、家具、照明、テキスタイルなど幅広くデザイン。「カッペリーニ」、「クヴァドラ」、「ヴィトラ」、「アルテック」、「イッタラ」、「マジス」など、世界中のクライアントと仕事を行っている。

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