DVDBU(前編)

日々、意味>新 2018.03.15 野本 哲平
先日の2018年1月19日付けのダイアリーでは、長年先延ばしにしてきたMOのデータをバックアップ(以下BU)した話を書きましたが、今回は現在進行形でのデータのBUについて。

というよりも、自分の話より、2018年現在において、デジタルデータを扱う人がいれば、扱う人の数だけBUの方法があるわけで、みんなどうやってるのかを知りたいなというのが本音で、それのとっかかりとして、ここ10年くらいでようやく確立しつつある自分のBU法をここにまずと記しておこうと思いました。まずはじめにBUを考えるにあたり、全てのデジタルデータにおいて、私の考える唯一客観的に信頼できる基準となるのが「時間軸」である。

「キーワード」とか、「ジャンル」とか、一見聞こえがいいものの、実は多分に主観が入ってしまう基準で分けてしまうと、時代を経て、主観の主人(あるじ)である自分の価値観がBU当時と変わってしまっていると、なかなか大変だ。
BUの重要な要素として、「アクセスのしやす」さということがある。
例えばランダムな写真のプリントの束を、懐かしみながら思いにふける心の旅というものは、人生の中でもとてもかけがえのない時間であることに間違いはない。が、しかし、BUにそれは求めらてはいない。
そんなかけがえのない時間に現(うつつ)を抜かしている場合ではないのだ。BUはデジタルデータと人間との戦いなのである。
クライアントや、協働者、はたまた写真に写っている人物など、人や集団を手がかりに分けるというのも危険だ。
1データにつき関わっているのが1人だけということはまずありえなく、データには複数人の相手が関わっていることが多い。その場合、それぞれの人や集団に分けようとすると分類に無理が生じ、その無理を解消するためには、同じデータを違うフォルダに複製しなければならなくなる。
データを容易に複製できるというのはデジタルの世界では一見便利な要素なのであるが、生きている限り終わることのないデータとの戦いには、同じデータを重複して保存している余裕など到底ないのである。
後編に続く

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