ホンマタカシの音楽映画

日々、意味>新 2019.07.19 加藤 孝司

秩父は池袋から西武鉄道に乗車し辿り着ける東京近郊にあり、最近では自然の豊かな観光地として売り出し中だが、どこかミステリアスさをもった場所だ。

写真家として知られるホンマタカシ氏のニュードキュメンタリー映画の最新作「アヤクーチョの唄と秩父の山」が7月27日と28日の吉祥寺にあるアップリンク吉祥寺で二日間限定上映される。

僕はこの映画を先行上映となる御茶ノ水にあるアテネフランセで数ヶ月前に観たのだが、この映画の舞台となるのはペールーのアヤクーチョと埼玉県秩父。

秩父市に移り住んだアヤクーチョ出身の歌手イルマ・オスノを中心に描かれるこの映画に漂う気配は、音と踊りに彩られた深い森の中にいるかのような濃密な湿度感。それはどこか紀州の深い森や海、濃密な血の繋がりを半ドキュメンタリーの手法で綴った中上健次の小説世界を思わせる。秩父もまた美しく深い「魔術的」ともいわれる森を持つ。

ペールーは山岳に暮らす人々が奏でる民族音楽フォルクローレでも知られる。アンデス地方の有名な民謡といえば「コンドルは飛んでいく」が僕たち日本人にもなじみが深いが、その曲からも分かるように哀愁漂うメロディーがこの映画の全編にわたって通奏低音のように流れる。

秩父から7年ぶりに帰郷したイルマの故郷アヤクーチョの集落ウァルカスで、色鮮やかな民族衣装に身を包んだケチュア語を公用語とする人々が民族楽器を手に奏で唄う姿をカメラは写し出すのだが、全編を通して音楽が流れる音楽ドキュメンタリーとして形態をとりながらその2つの土地がもつ歴史を重層的な語りの手法であぶり出していく。

アヤクーチョはまた20世紀末、センデロ・ルミノソという過激派の拠点であったこと、秩父もまた19世紀末に起こった農民たちによる日本最大の民衆蜂起事件といわれる「秩父事件」の舞台という負の歴史を持っていることがこの映画の中でも語られる。そして、あの「コンドルは飛んでいく」だけではない人々の暮らしのなかにある魅力的なアンデス音楽の映画、そしてこの映画は母、娘、そしてその娘という血の繋がりをもつ3世代の女性の物語でもある。

監督であるホンマタカシ氏は今回のペルーもそうだが、これまでインドやスリランカなど、長い文明の歴史を持ちながら、現代社会においてはどこか周縁という性質をもった土地の物語を映像化してきた。それはホンマ氏が生まれ育った東京郊外を舞台にした初期作品「東京郊外」という場所にもどこか共通するのかもしれない。

そして約60分の上映のラストがまたホンマ氏ならではの映像美で圧倒的なのだが、それはぜひ劇場で観てほしいと思う。

 

ホンマタカシ監督作品「アヤクーチョの唄と秩父の山」

アップリンク吉祥寺

7月27日と28日の2日間限定上映

※写真は全て©Takashi Homma New Documentary

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