人類の進歩と調和とは。

日々、意味>新 2019.11.29 加藤 孝司

意味新ではこれまで数々のネタについて書いてきたけれど、それはすべて日々の気付きからインスピレーションを得て書いてきたものだ。

人は何か、新しい発見をし、それを日々の糧にするためには、目新しいことを恐れず、それに向かって飛び込むことが重要だ。

それは人類史上初のチャレンジであるかもしれないし、誰からから見れば取るに足らない些細な出来事かもしれない。その大小に優劣はない。チャレンジしていくことこそが重要なのだ。ちょっと大きな声で喋ってみたけれど、僕は少しだけそう思っている。

先日の大阪出張でのこと。毎回訪れる万博公園で太陽の塔を麓から見上げていたら、太陽の塔に入っていく人々の姿がみえた。そうだ、太陽の塔の内部 が再生され公開が始まっていたのだ。

昨年3月の公開当時は、しばらく先まで予約で一杯ということで、訪れても観覧することを諦めていた。この日もなかば冷やかし程度にチケット売り場に降りてみたのだが、なんとこの日はいますぐ内部観覧が可能だという。一瞬迷ったが、次の予定もあるし、また次回にしょうと地上にでた。

だが、東京に住んでいる僕が関西を訪れることが稀だ。しかも、大阪市内中心から少し離れた吹田市に来ることもそうそうない。

そうだ、今だ、と思い踵を返し、太陽の塔の内部に潜入することにした。

と、こんな話のどんなところが教訓になるかといえば、いま、やろうと考えたことは、いますぐに実行したほうがいいということ。人は往々にして物事を先送りにしがちだ。次きた時にしよう、明日でも大丈夫だ、また次回にすればいい、とその場で自分を納得させて、先送りにしてしまう。遊びも仕事もだいたいこんな感じかもしれない。でも、人生にこの次が確実に訪れるわけではない。人生には、いま、しかないのだ。

写真は太陽の塔の内部、地下にある内部の1階部分から撮影した写真。塔内部の撮影はここからしか許されていないため、生命の樹を下から見上げた同じような写真だけだが、夢にまでみた太陽の塔の内側は思いの外広かった。

あの時太郎が反発したのが、この時の万博のテーマであるあの有名な言葉、「人類の進歩と調和」。太陽の塔がたっているのは1970年の万博開催当時、メイン会場であるあの丹下健三が計画をしたお祭り広場のど真ん中。丹下が設計した櫓を突き破るように、縄文の象徴である太郎の太陽の塔が建てられた。そしてその正面に建てられたのが、建築家、菊竹清訓が設計した、未来のモニュメント「エキスポタワー」であった。未来の塔は約20年ほど前に取り壊され、過去の塔はいまもそこで人々に愛されている。

馴れ合いの調和なんてクソくらえとでも言うように、信念を貫き奔放に描いた太郎の塔は、建造から半世紀経ったいまも、その同じ場所にたっている。僕たちはその事実からどんなことを読み取れるのか。岡本太郎からの問いかけは、この塔がたっている限り、色褪せることがない。