間に合わなかったかき氷

日々、意味>新 2017.08.29 水島 七恵

今年の夏は一度もかき氷を食べていなかった。
その事実に気づいた途端に寂しくなっていた私のもとに、一通のハガキが届きました。差出人は、菓子研究家として活動されるfoodremediesの長田佳子さんから。陶芸家の中本純也さんの碗展を、foodremediesのアトリエで行うという、お知らせのハガキ。ハガキの裏を見ると、そこには中本純也さんの碗の上にかき氷がのっている写真が掲載されていました。
さりげない美しさに満ちたそのかき氷の写真は、写真家の石塚元太良さんによるもの。夏限定の、特別な日に食べるかき氷ではなく、長く人の営みに寄り添い親しまれてきたかき氷。佳子さんのかき氷はそんな振る舞いをしていました。私はその、どこか田舎の空気を吸い込むような風通しの良いかき氷にすぐに魅了されました。よくよくハガキを見ると、好きな碗とスプーン、かき氷をセット販売すると書かれているではないですか。

私の夏、私のかき氷は、これだ!

ときめきを胸に当日を迎えましたが、なんと結果はソールドアウト。。。前日から予感はしていました。早く行かないと売り切れてしまうのではないかと。でもどうしても予定があったのです。。ズーンとした気持ちを隠すこともできぬまま、佳子さんと少しおしゃべりしたのち、中本純也さんの碗とスプーンを買って帰りました。
その後も、台所に置いた碗の上の空白を覗きながら、再びしゅんとする自分。間に合わなかったかき氷は、私の心を今も掴んで離さないのです。食べられなかったという切ない想い出が、結果的に、私の夏をかき氷色に染めてくれたのでした。いつかこのかき氷と縁があるといいな。

 

水島 七恵
水島 七恵
編集者。新潟生まれ。人の営みから生まれる文化全般を思考領域としながら、雑誌やウェブメディアを中心に、企画とディレクション、執筆を行う。最近の仕事に「TOKYO PAPER for Culture」(vol.01〜vol.16)の編集ディレクションと執筆、雑誌「リンネル」(毎月20日発売)でのシネマレビュー執筆などがある。自分の原点は、音楽。最近目覚めたことは、筋トレ。私にとって編集とは世界の見かたを増やす手段だと思っています。

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