「明日の神話」が私を見つめてくる

日々、意味>新 2018.07.30 水島 七恵

2008年11月17日、東京・渋谷。原爆の炸裂する瞬間を描いた岡本太郎の『明日の神話』が、JR線と京王井の頭線を結ぶマークシティ内の連絡通路に恒久設置された。

それから約10年。私自身、この連絡通路を利用することによって、何度『明日の神話』に自分の身をさらしてきただろう。待ち合わせに間に合わない!と焦りながら走り抜けた時もあったし、落ち込んで涙いっぱいに溜めながらふらふら歩いたことも、ワクワクする出来事に顔をほころばせながら、早歩きしたこともある。

私の人生の、取るに足らない小さな物語を『明日の神話』には目撃されている。恥ずかしくもあり、背筋がぴんと伸びるような感覚もある。そう、私が『明日の神話』を見つめるのではなく、『明日の神話』が私を見つめてくるような、問いかけてくるようなそんな感覚がいつもある。きっとそれはこの先もずっと変わることない、岡本太郎の姿勢なんだろうと思う。どう生きていくんだ?と。