君はNICを知っているかい?

日々、意味>新 2019.03.29 加藤 孝司

時代の中で失われていったものを懐かしく思う気持ちは少なからず誰もの心の中にある。あらゆるものの価値に絶対というものがなく、しかもその価値観が多様化した現代においては、本当に大切なものとはなんなのか。そんな問いに対する答えやその答えを導き出すヒントは過去にあることは往々にしてある。デザインやそれが向き合うべき人々の暮らしを考えるとき、必ずしも今がベストであるわけでないことは自明なことである。

先日訪れた福岡で聞いた話は、そんな現代のデザインを考える上で示唆に富んだものであったので、ここに少しメモをしておきたい。

福岡は最近でも一般誌でたびたび特集が組まれるほど日本で住みたい街ランキングでは必ず上位にランクインする人気の都市で、近年ではアジアに近い立地であることから、韓国や中国、台湾などからの観光客も増えている。エッジの効いたファッションやインテリアのショップもまんべんなくあり、美しい街路とビル、祭や庶民的な食が豊かで、都市的な暮らしを満喫できるにも関わらず生活費が適正と魅力的な街だ。

この時福岡を訪れた目的は友人たちが立ち上げた団体「FACT」のイベントに参加するため。FACTとはFukuoka Art Culture Talkの略で、異業種他者が集まり福岡発信の文化を大切にしながら、年に一度主催する集まりで、今回はそのキックオフイベント。先日行なわれたのは「知る」をキーワードにしたFACTキックオフトークvol.0で、来年以降に行なわるvol.1に向けたキックオフイベントだ。

いくつかのトークが開かれた中で僕が参加したのは、「歴史×デザインを知る 半世紀前福岡から国内で注目されたNIC〜デザインフィールドでの一つの企業造形〜」と、「まちづくり×Fukuokaを知る 〜これからの福岡と場づくりを知る」の2本。

NICとは僕は初めて聞いたのだが、西日本鉄道株式会社と株式会社岩田屋の共同出資により設立され、1966年から1999年まで営業していた日本でも最初期のインテリアデザインショップだという。デザインによる豊かな生活環境作りを企業理念とし、西洋のインテリアを福岡でいち早く紹介したほか、今も福岡のデザイン史的に重要なレガシーとなっている、西鉄グランドホテルなどのインテリアを担当した企業。

これまでに日本にない企業を作るという意思を持った伝説のジョイントベンチャー企業で、その活動は福岡だけでなく東京でも注目され、1972年に銀座松屋に現在もあるデザインコミッティでNIC展が開催。福岡でもデザインに関する啓蒙的な活動を展開し、自社企画としてガウディ展、ハーマンミラー展、ルイスカーン展、横尾忠則展などを開催したという。これは一企業が行うデザイン啓蒙活動としては、かなり異例なまでの精力的な活動であったといえるだろう。

ショップやギャラリーだけでなく、建築、デザイン、内装などの専門スタッフが常駐したNICデザインセンターも設けられていたという。

トークにはNICに在籍していた人間国宝の今泉今右衛門さん(昭和60年入社)、井上芳明さん(昭和43年入社)、中野順一さん(昭和43年入社)、藤木延恵さん(昭和50年入社)の4名が登壇。平成3年NIC入社でFACTメンバーの陶芸家鹿児島睦さんが進行を、工藝風向の高木崇雄さんが司会をつとめた。

トークでは各人のNICでの仕事や役割、思い出などが語られた。印象に残ったのが、最先端のデザインと同時に地元の手仕事をしっかりみるという視点も併せ持っていたこと。九州のクラフトを育てるという使命は「PAK’74 全九州産業工芸連合プロダクトアソシエーション」展など、地元の手仕事を紹介するエキシビションなどの形でも結実し、その流れは現代のクラフトブームにも確実に繋がっている。

そんな話を1時間強伺い、僕はすっかりNICという存在が気になってしまった。僕が住んでいる東京にも先程の銀座松屋のデザインコレクションなど、日本のデザイン黎明期を支えた重要なショップや集まりがあった。一方、70年代から日本のカルチャーを牽引した企業である西武やPARCOによる、セゾン文化、パルコ文化があり、両者は今も存続するもののそのカルチャーの牽引者としての役割は形骸化している。

NICがあった時代は、日本がまさに成長とともに消費社会に向かっていきバブル崩壊とともに、真の豊かさを模索していく時代。創業当時先端系のインタリアを提案していたNICは、70年前後の高度経済成長時代において、規格化された住宅やインテリアが大量生産される流れとは真逆のものであり、そんな時代の流れとも戦わなくてはならなかった。

今回のトークが行なわれたのが、NICが当時入居していた福岡ビル。このビルも老朽化によりその役目を終えて、この3月いっぱいで閉館し取り壊され、新しいビルの建設が計画されている。

今、福岡の友人知人たちからは、この街での生活を謳歌しつつもこの街に本当に誇れる文化があるのだろうか、そんな声を聞くことが少なくない。それは東京にいる僕にとっとも、東京に本当の文化はあるのかという同じ問いが成り立つ。

地方に豊かさを見出す時代における都市の豊かさとはなんなのか。3.11以降、東京の価値さえも揺らいでいる時代において、福岡の価値とは、この街が標榜するものとは?そんな現状に対して問題提起をするFACTの今後の活動には注目したいと思っている。

20年前に閉店したNICを知らない世代が増えている今だからこそ、問うことができる問題意識があるに違いない。

福岡をフィールドに活動する建築家・都市計画家4名にによる座談会「まちづくり×Fukuokaを知る 〜これからの福岡と場づくりを知る」については、次回以降レポートしたいと思っている。

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