祈りの正三尺玉

日々、意味>新 2017.08.17 水島 七恵

夏と言えば、8月2、3日は長岡花火を観ると決めています。実家のある新潟県長岡市は、地元と呼ぶにふさわしい場所ですが、私自身はこの長岡に住んだことはありません。というのも、小さい頃から父親が転勤族だったことから、私が生まれた直後には長岡を後にして各地を転々としていたからです。そして私は大学進学を機に東京へ。その後、両親は長岡に家を建て直しました。だから長岡を地元と呼ぶことに、私はずっと違和感を抱えていました。新潟市の方が都会だし、友達もいるのに。と、20代前半はふてくされて過ごしていたようにも思います。今となればものすごく恥ずかしく若い発想ですが。
そんななか、2004年、中越地震が起きました。震度6強。多くの被害をもたらし、両親も一時期は避難所暮らしをしていました。途方もない痛みを抱えながら悲しみに暮れた中越地震。それを機に長岡という土地との距離感が私の中で変わりました。そして長岡花火です。打ち上がったフェニックスの言葉にならないパワーに、私はただただ受け止めるしかできませんでした。フェニックスは大震災に負けずに頑張っている中越地方をはじめとする、新潟県全体の大勢の人々を元気付けるために、また、一日も早い復興を祈願して上がった花火でした。

そもそも長岡花火は「花火を競う」ものではありません。今から72年前の昭和20年8月1日、長岡空襲という痛ましい出来事が起源となっています。空襲から1年後の21年8月1日に開催されたのが、長岡まつりの前身である「長岡復興祭」。その1年後に花火大会が復活して、それから70年。長岡花火は慰霊・復興花火大会として、人々に寄り添ってきたのです。
今年、私は正三尺玉に特に心打たれました。正三尺玉とは戦後から「慰霊」の意を込めて上がるようになった直径650mもの大輪で、長岡花火のシンボルです。その大きさは写真を見れば一目瞭然。2尺玉との違い、イメージいただけるでしょうか。こんな巨大なものが650mも上空に到達するんです。

私はそれを痛みを知るまちの、前を向く姿勢だと思っています。慰霊と復興、正三尺玉。今年も無事に会えました。私もまた前を向いて、生きていきます。

 

 

水島 七恵
水島 七恵
編集者。新潟生まれ。人の営みから生まれる文化全般を思考領域としながら、雑誌やウェブメディアを中心に、企画とディレクション、執筆を行う。最近の仕事に「TOKYO PAPER for Culture」(vol.01〜vol.16)の編集ディレクションと執筆、雑誌「リンネル」(毎月20日発売)でのシネマレビュー執筆などがある。自分の原点は、音楽。最近目覚めたことは、筋トレ。私にとって編集とは世界の見かたを増やす手段だと思っています。

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