川は流れ、その水はそこにとどまることをしらない。藤岡亜弥さんの写真

日々、意味>新 2018.04.08 加藤 孝司

写真界の芥川賞ともいわれる木村伊兵衛写真賞の今年の受賞者が先ごろ発表された。第43回となる今回は、小松浩子さんと藤岡亜弥さんの2名の写真家が選ばれた。なかでも藤岡亜弥さんの受賞作となった「川はゆく」は、個人的にもつながりのある広島を題材にした作品であり、以前から好きな作品であったので嬉しい受賞であった。

藤岡さんは広島出身の写真家で世界中を放浪し作品を制作、今回の木村伊兵衛賞以外にも、写真家協会新人賞や伊奈信男賞といった写真界の権威ある賞を連続受賞している。

さて今手元にある藤岡さんの作品集「川はゆく」のページをめくってみる。そこにはどこの街にもありそうな日常が淡々と記録されている。街中の人々の喧騒、飲食店の店内、茶色く流れる川、何かを見つめる人々の姿、式典の風景。ただそこには他の街とは異なる過去の出来事がどすりと重く深く横たわっているのを感じる。広島。今から73年前にこの街のひとつの川の上で1発の爆弾が炸裂した。それは56万人以上ともいわれる膨大な数の人々の運命を変えたもの。

藤岡さんの目線=カメラのレンズは、その街の半世紀以上経った日常を鮮やかなカラー写真で記録する。タイトルにもなっているが、広島市の中心には6本(その昔は7本)の川が流れることから、この街は川のまちともいわれる。街の中心の横切る通称百メートル道路を西から東へ移動すると、ある間隔で橋に出合い、川をこえてゆくことになる。それはこの街に暮らす人、訪れる人たち百年も千年も前から変わらずみていた光景だろう。

西岡さんの写真は、そんな人々が変わらずみていた川を起点に、あるいは背骨のようにとらえながら、この街を移動し、風景を、そして日常をスナップしていく。終わりなく続く日常と、移りゆく人々の命のともしびを内に秘めながら。この作品がただの日常を写した写真と異なるのは、そんな日常をつづりながら、その光の向こう側に変わらない何かを映し出しているからだろう。その変わらないものとは、この写真を視る人の、そのときどきの心の持ち方でいかようにも変わるものだ。

優れた写真は目の前の当たり前な現実を切り取り映し出しながら、無数の貌をみせてくれる。川は流れ、その水はとどまることを知らない。だがその川に寄り添い生きる人々の心には変わらない何かを遺してゆく。

 

「川はゆく」藤岡亜弥 赤々舎  5,400円(税込)

 

 


 

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