072015

Special #7

あの人の人生を変えた一品 vol.1

リドルデザイン代表 塚本 太朗 × デザインの研究所 和田 健司

Photography, Text : 加藤 孝司

ほかの誰かにとっては普通のものでも、それを持っていることでモチベーションがあがったり、自分にとっては特別に意味のあるものがある。そんな自分を変えた”もの”との出会いが誰にもひとつやふたつはあるはずだ。
気になるあの人の人生を変えた一品を知ることが、自分の暮らしを振り返るきっかけになるかもしれない。
その後の人生を変えた「あの人の人生のターニングポイントとなった一品」。今回はマークスインターナショナルとの関わりも深い「デザインの研究所」の和田健司さんと、デザイン事務所「リドルデザイン」を主宰し、東京馬喰町にドイツ雑貨などを揃えるお店「マルクト」を構える塚本太朗さんの2人の人生を変えた一品をご紹介していただきます。

「コミュニケーションとしてのデザイン」

塚本 太朗

1972年東京生まれ。1994年に上陸したTHE CONRAN SHOPに従事し、並行して1999年自身のデザインレーベル「リドルデザインバンク」を設立。2002年に独立後、グラフィックデザイン、ブランディング、イベントプロデュース業務などを行なう。東京馬喰町でドイツなどの雑貨を扱うショップ「マルクト」を運営。「MARKTE」(プチグラパブリッシング)、「ウィーントラベルブック」(東京地図出版)など著書も多数。

和田 健司

1980年愛知県生まれ。オランダDesign Academy EindhovenにてDroog Designハイス・バッカー氏に師事。同大学院修士課程(MD)修了。大手広告代理店勤務の後、(株)デザインの研究所を創立。「MEANING DESIGN/意味のあるデザイン」を理念にビジョン・コンセプトを創造し、企業としてのあり方に深みを与え、社会に提示しつづけるコンセプター。

ひとつのコンセプトが世界を変える

塚本

もともとはリビングデザインセンターの販売事業部に就職して、THE CONRAN SHOPの初期メンバーとして参加しました。当時衣食住の住の部分は、日本の文化の中でも一番遅れていた部分で、その住環境の部分をやっている会社がリビングデザインセンターでした。デザイン・インテリア系のショップでいえば、「フランフラン」もまだない時代で、ある意味日本のデザインブームの火付け役のような存在だったと思います。
コンランショップに入る前、1993年、僕が22歳のときに、音楽とサッカーを目当てにイギリスに短期留学していたことがありました。ロックフェスやイングランドサッカーのプレミアリーグ観戦三昧だったのですが、そんなときにロンドンでたまたまコンランショップに出会ったのです。当時僕が知っていたものとはまったく違うイギリスの家具や雑貨などのカルチャーがそこには根づいていて、僕自身デザインの専門の教育を受けたわけではなかったのですが、それまで見たことのなかった家具や雑貨に強い衝撃を受けました。
そして日本に帰ってから、たまたま雑誌でコンランショップが上陸することを知って、すぐに面接を受けにいって無事採用されました。
今でこそイケアの家具があったり、デザインものの家具は生活の中に浸透していますが、当時コンランで扱っているような輸入インテリアや、50万円もするような家具は、一部の富裕層や駐在の外国人の方々にしか売れませんでした。
今日はその頃に出会ったものを持ってきました。

塚本太朗さんの店舗兼事務所での仕事風景

和田

僕は父親がインダストリアルデザインの教授をやっていて、海外で暮らしていたこともあり、小さなころからミュージアム浸けでした(笑)。中学・高校とずーっと美術部で、将来もその道しかないと思っていました。ですので、子どものころから大学院に入るくらいまで、インディペンデントなプロダクトデザイナーになろうと思っていました。それで2003年にオランダのアイントフォーフェンデザインアカデミーの大学院に留学したのですが、そこで一大転機が訪れました。
僕が大学に入った2000年前後は、デザイン界ではオランダのドローグデザインが流行っていました。99年に日本でオランダデザインの展覧会があり、ドローグデザインのメンバーも来日しました。その時に通訳としてお手伝いをしたことをきっかけに彼らと仲良くなりました。そこで彼らがみんなアイントフォーフェンデザインアカデミーという、先進的なデザイン教育をする学校の出身であることを知りました。ここだ、と思い作品をもってオランダに渡り、アイントフォーフェンのドローグデザインによるコンセプトメイキングのコースに入学しました。

塚本

そこではどんなことを学んでいたのですか?

和田

それまでは一人のプロダクトデザイナーとして、明確なコンセプトをもってプロダクトをつくってさえいれば、それを手にした人々の生活が変わるんだと自負していたのですが、オランダに行って、ひとつのプロダクトの力だけでは人々の生活は何も変わらないことに気づいてしまって。それまではアウトプットとしての「かたち」が大事だと思っていたのですが、よく考えてみると、コンセプトとかたちは別もので、むしろコンセプトの方が大事だということに気づきました。
そもそもアウトプットは必ずしもプロダクトにしなくてはいけないわけではなく、本や音楽のときもある。コンセプトを突き詰めていくと、人が変わるために適したアウトプットがあることに気づきました。
そのときの先生だったドローグデザインの創設者の一人であるハイス・バッカーがよく言っていたのが、「One product cannot change the world, but one Concept can」、コンセプトこそが世界を変える、という意味の言葉でした。それで自分が探し求めていたものはこれだ!と思って、優れたプロダクトをつくらなければと頑なになっていた考えが、解き放たれました。それで日本に戻っていくつかの仕事を経験したあと、コンセプトだけをつくる会社「デザインの研究所」を立ち上げました。

リドルデザインのオリジナルプロダクト「File31」。ひと月の日数と同じ「31」のポケットで構成された蛇腹式のドキュメントファイル。ステッカーを貼って自分好みにカスタマイズして使ってもいい。


大切なのはコミュニケーションをデザインすること

和田

これは日本と真逆なのですが、オランダ人が面白いのは、例えばマクドナルドに行って、前の人がAセットを頼んだら、後ろに並んでいる人は絶対Aセット以外を頼むんですね(笑)。オランダという国ではほかの国では非合法なものを合法にしたり、世界的なイノベーティブなことを国としてやっています。それくらい人と同じことをするのが嫌な国民性なんですね。一見あまのじゃくにみえるけど、実は本質的なそんなところにも魅力を感じます。
オランダという国の国民性として、そのようになった背景には、国土の四分の一が海抜0メートル以下というオランダという国の成り立ちにも関係していると言われています。オランダという国は風車を使ってひたすら水を汲み出し、自分たちの国土となら地面をつくってきた歴史があります。そうしないと国土が海面に沈んでしまうんです。自分たちの国は自分たちでつくったという自負があるんですね。だからどこか法律さえもそんなに重要なものとは考えていない節があります。そして変わることをいとわない、変化が好きな国民性をもっています。だからこそ逆に国民一人一人が政治にも関心が深いんですね。

塚本

それはものの価値観を考えるうえで、興味深いですね。僕がコンランショップに務めていたときに、大量のものが日々入荷するのですが、ヨーロッパから輸入した照明は、電圧の違いもあってコンセントを日本仕様に変更する必要がありました。
加工する際に国によって異なるかたちをしたコンセント部分は廃棄処分になるのですが、毎日見ていたら、コンセントのかたちがなんともかわいいなあと思って。
それを分けてもらって家に帰ってにらめっこしながら、これで何かつくれないかなと考えていました。

塚本太朗の人生を変えたもの ①
『プラグストラップ』

コンランショップに務めていた98年ころに、ヨーロッパから輸入した照明を日本仕様に加工する際にでる”ゴミ”をリユースしてつくったオリジナルストラップ。塚本さんにとってその後の人生を変える、コミュニケーションのツールになった。

和田

当時からデザインもされていたんですね。

塚本

はい。その頃からデザインもしていました。コンセントには何かと何かを「繋ぐ」という機能もありますから、それでコミュニケーションツールをつくれないか、というアイデアがでてきました。
その当時は携帯電話にストラップを付けることが流行っていて、ポケットからコンセントプラグが出ていたら、それをみた人はどんな反応を示すのかなと思いました。それでコンセントをストラップにするためのパーツを浅草橋の道具屋で買ってきて、コンランショップの仕事が終わったあとに自分たちで工作してストラップを作りました。それが僕たちにとって初のプロダクト「プラグストラップ」になりました。
その頃はまだコンランショップに勤務していましたので、販売ルートもありませんでした。それで、仲のいい友達にプレゼントをして使ってもらいました。それがあるとき、雑誌ポパイの編集者の方の目にとまり、情報コーナーに掲載されたり、知り合いが「ビームズ」に紹介してくれたり、それで本格的につくるようになりました。このプロダクトがひとつのきっかけになり、人が集まるお店というあり方もそうですが、人と人をつなぐ、コミュニケーションツールとしてのデザインを考えるようになりました。

和田

塚本さんのプラグストラップは当時僕もお店で見ていて、今でもよく覚えているプロダクトです。これはどこがウケたんだと塚本さんは思いますか?

塚本

このプロダクトがもっている「視点」が新鮮で面白かったんだと思いますよ。プロダクトを考えるうえで、リサイクルという視点は今では一般的かもしれませんが、廃品を使ったものづくりというのは当時はあまりありませんでした。オリジナリティーをもってつくるのがデザインだと思われていましたから、そういった意味ではこれはほとんどデザインをしていません。でも、なんかユーモラス。そこがウケたんだと思います。そういった意味では先ほど和田さんがおっしゃっていた、コンセプトの話と通じるのかもしれませんね。

和田

今でも手に入るのですか?

塚本

今では携帯ストラップ自体ニーズがなくなってしまったので、数年前に製造販売は他社に譲渡しました。それでもいまだに年に何人かにこれが欲しいと言われることがあります。プロダクトとしてのその息の長さは自分でつくっていながらびっくりしています。

塚本太朗の人生を変えたもの ②
『フレッドくん』

ロンドンの蚤の市で出会ったイギリスの製粉会社のキャラクター。「フレッドくんを集めて雑誌でコラムを書かせていただいたことがありました。それがきっかけで全国のカフェや雑貨屋さんからフェア開催のオファーがあり、それがきっかけで色んな人と出会うことができました」。フレッドくんも塚本さんにとって人との大切な繋がりつくってくれた存在。

塚本太朗の人生を変えたもの ③
『ドイツのMAP』

買い付けで訪れた蚤の市などの場所を記録するために買ったマップ。通りの名前も詳しく記載されていて、今の塚本さんにとってなくてはならないものだ。絶妙な折り方で構成された機能的な地図は、手のひらのなかでコンパクトに見ることができるところが気に入って愛用している。地図上には塚本さんが訪れた蚤の市やディーラーのいる場所がシールで記録され、塚本さん仕様にカスタマイズされている。

和田

同じようなことを僕も考えていました。ある種のものってほかの人にはどうでもいいようなものでも、その人にとってはそれ以外ありえないということがあります。それはもう自分にとってこれだ!と思っているし、すでに自分のものとして定着しているからなんですね。

塚本

結局プラグストラップは累計で1万本くらい売れたのですが、製造を外注せずに自分たちで自炊していたのはそこに理由があるのかな。自分たち自身も誰がこれを手にして使ってくれるんだろうと考えながらつくるのが楽しかった。
そうして市場に流通していくと、あとあとになってこれを買って使ってくれている人にリアルに出会ったりするんです。そしてそれがきっかけで知り合いになって、一緒に仕事をすることになったり。このプロダクトは僕にとってもその後の仕事につながるコミュニケーションツールになっているのが面白いですね。

和田健司の人生を変えたもの ①
『Smoky Ashtray』

無垢の木を削りだしてつくった蓋に難燃塗料をしみ込ませている、焼け焦げた痕跡が印象的な灰皿。自身が大学在学中の98年に手がけた。この灰皿を携えてオランダに留学にいった和田さんにとって記念碑的な作品。

和田

自分がつくったものを誰かが使ってくださっているのをみると、自分が手がけたものでありながら客観的にいいなと思うときがありますよね。それは僕もかつてプロダクトのデザインをしていたので分かります。
今日は大学時代にデザインした灰皿「Smoky Ashtray」を持ってきました。これはその後の自分を変えるひとつのきっかけになったものですが、”もの”という意味では自分にとってはさほど意味があるわけではありません。でも本当に偶然に、友人が好きな人にこの灰皿をプレゼントをしていて、それがきっかけで付き合うことになったということを耳にしたことがありました。そして今も手元にあるということを聞いて、それっていいなあと(笑)。
今では断捨離が流行っていますが、本当に自分の手元に残るものって、自分にとって何かしら大切な意味があるものだと思うんです。僕はこの灰皿に関してはつくり手で、その意味ではものとの繋がりも深いわけですが、でも、今でも大切に持ってくださっている人の方が、よっぽどこのプロダクトとの距離が近いと思うんです。そういった意味では、身の回りにあるものをあらためて見返してみて、これはこれ以外に替えがきかない、と思えるものがあったら、その人にとってはそれが一番大切なものなのではないでしょうか。

塚本

その考えに共感します。僕の仕事のスタンスは、実際に人と会ってコミュニケーションをすることから次のステップにつながることがほとんどです。今はインターネットの時代ですが、初めてのお店に行くときも、とりあえずネットで検索してというよりも電話で定休日を確認するところからはじめます。自分のお店にしても、インテリア系ショップが軒を連ねる青山や表参道ではなく、わざわざここまで足を運んでくれたお客さんを大切にしたいと思っています。
昔も今も人とのコミュニケーションを大切に仕事をしてきました。自分にとって大切なものとの出会いもきっと同じで、ものと出会うプロセスが大切なんだと思っています。

和田健司の人生を変えたもの ②
『ロットリング CORE』

日本で買ってオランダ留学のときも愛用していたローラーボール式のペン。ロットリングらしからぬ奇抜なフォルム。太い軸に軽量なボディのペンは実は子供用とあとから知った。インク残量を確認できるインジケーター付きで、書き味がよく、予備をストックするほど気に入って愛用している。「今はすでにつくっていないモデルなのですが、日本製の替芯を入れて使っています」と和田さん。

和田健司の人生を変えたもの ③
『PENTEL サインペン (POSTA COLLECT BASIC) 』

郵便局のオリジナル手紙グッズとして発売されているぺんてるのサインペン。普段のメモ用のペンとして、ペン先が潰れたら新しいものに買い替えて使っている。全国の郵便局やコンビニなど、どこにいても同じものが手に入る「まさに文房具のクラウド化」とは和田さんの弁。「ロッドリングのペンとは異なり、思い入れを込め過ぎずに、でも心地よく使えるところが自分の仕事のスタンスにも通じています」。

「マルクト」の店内。塚本さんが買い付けたドイツなどの雑貨がおもちゃ箱のようにところ狭しと並ぶ。

あの人の人生を変えた一品vol.2はこちらから

SyuRo 宇南 山加子さんインタビュー

加藤 孝司
加藤 孝司
加藤孝司/かとう たかし
デザインジャーナリスト。東京は浅草生まれ。デザイン、クラフト、アートなどを横断的に探求、執筆。雑誌やウェブなどへの寄稿をはじめ、2005年よりはじめたweblog『FORM_story of design』では、デザイン、建築、映画や哲学など、独自の視点から幅広く論考中。休日は愛猫ジャスパーと過ごすことを楽しみとしている。

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