042016

Special #10

根室から届いた、暮らしの便り。

Photo & Interview & Text : 水島 七恵

出身は新潟、そして現在は東京暮らしの私が、この日本の最東端のまち北海道根室市を訪れるようとなったきっかけやこのまちの魅力は、
過去のdiaryに書かせていただいた。その後もいろんな縁あって、4度、根室に訪れている。

もちろん友人が住んでいるから、そしてこのまちが好きだから、それが大きな理由ではあるけれど、
それ以上に何かもっと本能的な部分で根室に行く理由があるとはうっすらと感じていた。

やがてそれが暮らすこと、つまりは生きることの根っこを根室で見つめていたのだと気がつく。
そこで今回ジャーナルの取材として根室を訪れ、東京から根室に移住した4人の暮らしを垣間見た。

それぞれの声から浮かびあがってくる暮らしのヒント。

そして根室という街の可能性。ぜひその一片を共有いただけたらうれしいです。


内なる自然とまわりの自然に耳を澄まして。

古川広道さん(ジュエリーデザイナー)

古川 広道

1975年三重県生まれ。パリでファッションを学び、帰国後ジュエリーブランドAVM(アーム)を立ち上げる。東日本大震災後、新しい暮らしを模索するため北海道根室市に移住。

2011年に移住されて、今年で5年目の根室ですね。

あっという間ですね。日々この環境は学ぶことがとても多いです。特に自然から学ぶことは、遊びの中にもあります。例えば春は山菜の収穫、初夏には野生のベリー摘み、冬はワカサギ釣りをします。狩猟の免許も取ったのでこれからは狩りもしていきます。狩猟採集生活ですね。一方でこの5年で肩書きが増えました。文化推進協会会長に始まって、根室市移住アドバイザー、根室市移住交流推進員リーダー、根室市エネルギー作定委員、根室の自然環境とエネルギーを考える会副会長、バードランドフェスティバル実行委員、根室産業クラスターワーキンググループ代表……。なので、本業がなかなか進みません(笑)。

すごいですね。古川さんのようにちゃんと生活する力がある人にとって根室は本当に可能性に溢れた場所ですが、その一方で生活に何を求めるのか、大切にしたいのか、そういうものがはっきりしないまま急に根室で暮らし始めたら、おそらくすごく厳しい場所でもありますね。

確かにそうだと思います。都会は情報も多いからその中で流されながら生きていくことができるけれど、ここは自分の意志がないとすごく厳しい。でもその意思さえあれば都会にはないものを自分の手でゼロから作り出していくことも可能です。そういう意思を持つ外からの人間に対して、根室の人たちはすごくあたたかく相談に乗ってくれますよ。

確かに都会は流れて生きていくことが可能です。その流れがときどき早くて息切れしてしまうことも。そうじゃなくてどこに住んでいてもちゃんと自分のペースで呼吸をしたい。それが本当の意味での暮らしなんだと思います。

時代が今、不安定ですよね。そういうなか都会で暮らしていくことは楽ではないし、多くの人が自分のことだけで手いっぱいになってしまう。何かに振り回されることなく自分の生活を自分でちゃんと作っている人は少ないんじゃないでしょうか。そして自分が何を大切にしているのかを、自分自身で認識できなくなっていく。根室にいるとそういうことがすごくよく見えてくるんです。そんな僕が今大切にしていることは、ごく普通の暮らしです。美味しくて安全な食事をして、ものを作って、眠る。そして未来を明るく思えること、戦争に参加することがないこと。その普通が、今とても難しくなっている時代だと思います。

自家製ベーコンをはさんだホットサンドとあさりの洋風酒蒸し。根室に移住してから毎日自炊をしている古川さんは、訪ねてくる友人にも根室の食材を使ってよく料理を振る舞っている。

自宅兼アトリエで制作をしている古川さん。東京をはじめ全国各地から入るオーダーに対して、デザインから納品までのすべての作業をひとりで行っている。蝦夷鹿の角を使ったリングなど、土地そのものから受け取るインスピレーションや素材をもとにジュエリーが日々生まれている。

ジュエリーデザイナーとして作る作品は、根室で暮らすなかで変化はありましたか?

質があがる一方で、生産数は下がりましたね(笑)。AVM DESIGN ROOMとしてジュエリーを作り続けて約17年。僕はずっと周囲の環境と共鳴しながら作ることを意識してきました。東京に住んでいた頃はそれが想像のなかの物語で作っていたんです。想像の域を超えることができなかった。でも根室では実際の環境との共鳴のなかでものが生まれてくるんです。そこが全然違います。必然性のあるものだけが残っていく。それもカタチじゃなくてスピリットとして。きっと自然対人間ではなく、自分が自然の一部として存在していることを認識できたからだと思います。だからここでは自然ともの作りができる。これをデザインしてやろうとか、人と違うものを出そうとか、不思議とそういう自我は一切なくなりました。なんていうか、イタコのような存在かもしれない(笑)。周囲の声を聞いて作る人。そんな感覚がすごくあります。

古川さんが移住されて以降、いろんな方たちが根室を訪れ、実際移住に結びついている方もいます。そして今、移住された仲間とともにいろんな活動もされていますよね。なかでも一昨年に立ち上げた市民団体、根室文化推進協会では根室の魅力を長期的に内外に発信することに力を注いでいます。

根室文化推進協会は、食、アート、デザイン、音楽などを通じながら、子供から大人まで楽しめるカルチャー発信地VOSTOKを作り運営していくことをひとつ目標にしています。そのVOSTOKを通じて、僕は暮らしのなかから生まれる文化を大切にしながら、ちゃんと地に足のついた持続可能な社会を作っていきたいんです。そうやって土地のもつ自然のエネルギーも利用しながらちゃんと自分たちの力で自活していくことができれば、日本は一極集中ではなくて、いろんな個性を持った街の集合体になれると思うんです。その方がきっとみんなが楽しく生きていくことができる。そのひとつのケースとして、ここ、根室から新しい暮らしの提案を根室の人たちとともに協力し合いながら作っていけたらと思っています。やるべきことはたくさんあるので、まずはその準備と実験の場として、今食を通じたVOSTOK laboを立ち上げて活動しています。そんなlabのショップもついに根室駅前にオープンします。 いよいよここからです。仲間と根室の人たち、そしてこのまちに訪れてくれる人たちとともに、文化を作っていきたいです。

16世紀、アイヌの人によって築かれた砦「オンネモトチャシ跡」から見る眺め。国後島を望む。
アイヌの人々はこの砦で戦闘・祭事・集会などを行っていた。

食を通じて、街と対話をする。

VOSTOK labo(中村美也子さん、野﨑敬子さん)

Instagram:VOSTOK labo

おふたり揃って移住し、そして去年から古川さんとともにVOSTOK laboとして活動を始められていますが、そのきっかけから教えてください。

お互い根室へは古川さんの移住を機に訪れたのですが、その時に根室に広がっていた今までに体験したことのない自然の姿や澄んだ空気、光と共に変化する美しい景色に魅了されました。その土地で古川さんがこれから環境と人とのよりよいコミュニケーションのためのデザインと文化を発信していく文化推移協会(VOSTOK)を立ち上げるにあたってお誘いされた事がはじまりです。

VOSTOK laboのチーズと共に愉しむクラッカー(写真上)。
全6種類はポルチーニやオリーブの他、塩こんぶや青のりなど海産物もラインに。野鳥の楽園・根室でよく見ることのできるオジロワシを模ったカラメルクッキー(写真右下)。
お菓子の素材にはできる限り北海道産のものを揃えています。

主にVOSTOK laboは食にまつわる文化発信をされていますが、それはおふたりも最初から想定されていたのですか?

はい。そうですね。文化推進協会発足当初から食を通しての文化発信という活動計画がありました。二人とも東京で食まわりの仕事に携わってきていたという経験があったので自然な流れでこの部門を担当させていただくことになりました。

実際、移住されてみて想像と現実とのギャップはありましたか?

東京とは違う環境に移ったので、全くなかったわけではないのですが、移住にあったって1年の準備時間をかけた事や、先に移住されている先輩方からろいろと教えていただけたので、想像していたよりも不便さは感じませんでした。都会に住んでいると自然に対しての恐れを知る機会が少ないと思うのですが、厳しい環境の中には、自然のもっている圧倒的な美しさがある事をこちらで生活してみて知る事ができました。根室にいると体も気持ちも自然に満たされていくような気がします。生活のすぐ近くに森や海があるからでしょうか。東京にいる時よりも持っているアンテナの種類が厳選され、その感度も良くなって来たように感じています。

VOSTOK laboとして活動する上で、根室市の方たちとの連携も欠かせないと思うのですが、その辺りはどのようにされているのですか?

文化推進協会(VOSTOK)発足は、根室市役所の理解協力があってスタートしたことでしたので、その準備室となるVOSTOK laboの活動を私たちが根室に移り始めることに対して、快く迎え入れてくださいました。ただ、活動拠点となるアトリエづくりに関しては今までに前例がないということもあって慎重に対話を重ねてきました。

おふたりがVOSTOK laboとして、大切にしていることを教えてください。

根室で出合える素材をいつも意識しています。野生で採れる食材(様々なベリー類、季節の野菜、海産物など)また、牛乳やチーズなどの乳製品もとてもおいしいものが多いので、お菓子を通して根室の味覚をご紹介していきたいと日々研究しています。このような良い環境で新しい仕事を作るという恵まれた機会をいただけたことへの感謝を忘れずに、喜んでいただけるものづくりに努めてまいります。

移住されて1年が立ちますが、これまでVOSTOK laboとしてはどんな活動をされてきましたか?

ありがたいことにいろんなご縁に恵まれ声をかけていただけました。これまで道内だと、中島さんのお店「guild Nemuro」主催のLAMHAUSやケータリング、東川にある「北の住まい設計社」でのイベント、北海道のインテリアショップやカフェが集う週末マーケット「LOPPIS」に参加。またリネンを中心とするライフスタイルショップ「リネンバード」企画で東京や大阪のお店へVOSTOK laboのお菓子をご用意させていただきました。

家のそばで採れた食材での一皿。蕗と自家製ベーコンのキッシュと三つ葉のサラダ(写真上)。野生のコケモモはジャムや焼菓子に(写真下右)。またVOSTOK laboお菓子に使っているのは、根室の牧場で平飼いされている鶏のホヤホヤな卵(写真下左)。

ちなみに東京ではVOSTOK laboのお菓子を手にできる場所はありますか?

東京では清澄白河にある「チーズのこえ」にお届けしています。食べていただく方々に寄り添い、また生産者の精神や作られる背景を理解された店主が、北海道の30以上のチーズ工房から200種類以上のナチュラルチーズを集め丁寧に紹介しているお店です。

東京で手にできるのは、とてもうれしいです。そして私自身、同じ女性としておふたりの行動力や生き方から、今後何を大切に生きていくのか、考えるきっかけを与えてもらっています。

最近、ライフスタイルも多様化し、地方と東京を往復しながら暮らしている方も増えてきているようですね。私たちも都会の生活、東京でしか体験できない文化というものも大好きです。根室と東京、その両方の良さを感じながら、自分たちなりに2拠点での暮らしを工夫してつくっていきたいと思っています。

ところでVOSTOK laboのアトリエがいよいよプレオープン(5月21日)ですね。場所は根室駅すぐそばにある根室市観光インフォメーションセンター内と古川さんから伺いました。

はい。市役所の方々と準備をしてきた、活動の拠点アトリエ「VOSTOK labo」も完成間近です。皆が集えるアトリエという場所を構えることで、この場から食まわりのことや暮らしについてなど様々な発信がしていけるようになると考えています。

準備運動を経て、ここからがVOSTOK laboの本当の始まりですね。

そうですね。この1年が次につながるための大切な1年になると思っています。準備していただいた環境を生かし、週末にオープンするカフェの運営をメインにイベントの参加や企画などしていく予定です。ぜひまた遊びにいらしてください。お待ちしています!

数千年かけて堆積した砂の上に、様々な植物が生い茂った人の手が加わっていない自然景観、春国岱。
根室に訪れたら、必ず立ち寄りたい場所。

美しい、美味しいと心から思う営み。

中島孝介さん(guild Nemuro店主)

中島 孝介

1983年長野県生まれ。大学卒業後、株式会社limArtに入社。2012年根室へ移住。2013年「guild Nemuro」をオープン。

根室へ移住されるきっかけについて教えてください。

古川さんがきっかけです。「遊びに来たら?」と、誘ってもらって行ってみようと。僕はそれまで北海道に行ったことがなかったので、初めての北海道旅行にもなるなあと、最初は気軽な気持ちでいました。でも実際根室に訪れてみたら、ものすごい衝撃を受けたんです。

それはどんな衝撃だったんですか?

こんなに美しい場所が存在するんだと。景色を見て涙するなんて、それまで人生のなかで一度もなかったんですけど、根室の風景を目の前にしたら、自然と涙が溢れていて、自分でも驚きました。

その気持ち、すごくよくわかります……。いつ根室には訪れたんですか?

2012年4月です。その頃の根室は雪がまだ残っていました。僕が巡った場所は、春国岱と落石、納沙布岬を中心に、根室半島をぐるっと一周して。その後、2012年7月には根室に完全移住しました。

2012年4月です。その頃の根室は雪がまだ残っていました。僕が巡った場所は、春国岱と落石、納沙布岬を中心に、根室半島をぐるっと一周して。その後、2012年7月には根室に完全移住しました。

ほぼ勢いですね(笑)。でもとにかく最初の衝撃がすごかったので、その新鮮な気持ちを持ったまま移り住んだ方が素直だと思ったんです。もともと移住する前から、自分の店をどこかで開きたいと思っていて、その資金を貯めていたんです。地元の長野か、北海道か、福岡か……。お店を開くならこのどこかかなあ……とはぼんやりとは思っていて。そんななかちょうど貯金も区切りがついて、タイミング良く根室に遊びに行って、この場所なら自分のやりたいスタイルでお店を開けると思ったんです。

もともと東京で暮らしていたなかで、なぜ自分のお店は東京以外の場所で開きたいと思っていたのですか?

東京では周りに流されながら暮らししている感覚がずっとあって、それがとても嫌だったんです。日々、どうにかそれを打破したいと思いながら暮らしていました。例えばご飯を食べるとき、ただ満腹になるのではなくて、「ああ、美味しかった」と、ゆっくり心から満たされること。そういう普通の暮らしが東京の時間軸では難しかったんです。

元自動車工場を改装したセレクトショップ、guild Nemuroの広い空間には、中島さんが買い付けした古い雑貨や家具とともに、古川さんのジュエリーAVMをはじめ、POST(本)、suzuki takayuki(アパレル)、DIGAWEL(アパレル)、COMMON(テーブルウェア)など取り扱われている。

根室に滞在していると、五感がとても敏感になっていくのが自分でもわかります。お腹がすく、日が暮れていく、空気がしっとりしてきたから雪が降りそうだな……とか、なんていうか生き物としての感受性が取り戻されていくような不思議な感覚があって。

そうなんです。だから当たり前の小さな幸せを自分なりに取り戻したかったんです。

そして根室を選び、ご自身のお店「guild Nemuro」をオープンされました。お店のコンセプトについて教えてください。

古いものを扱いたいというのは、恵比寿のリムアートに働いていたときから思っていました。でも古いものをみるにあたって新しいものと比較できた方が両方の魅力をわかっていただけるような気がして、今では古いものと新しいものを繋ぐことを意識しながら、お店に置くものを選んでいます。古いものは主にオランダ、ベルギー、フランスで買い付けていて、新しいものは日本のものも多いです。全体として僕は生活必需品を売るのではなく、生活の質を高めるための嗜好品を売る、という意識でお店をやっています。

実際お店に訪れる人たちの反応はいかがですか?

そういうものに興味を持っていただく、理解していただくことはやっぱり地道な努力が必要だと思っていて、それを今、自分なりのペースで積み重ねている感じがします。でも少しずつ根室に住んでいる方たちだけでなく、中標津や釧路、帯広、札幌から来て下さる方もいるんです。そうやって遠くからわざわざお店に来て、買ってくださる方を見ていると、根室でお店をやっていくことへの手応えを感じる瞬間でもあって、本当にうれしいです。

今後、guild Nemuroとして取り組んでいきたいことはありますか?

衣食住に関わることをもっと掘り下げていきたいなと思っています。なかでも食。今、住と衣についてはお店に揃ってきているので、根室の食の豊かさをもっと広めていけたらいいなあと。VOSTOK laboのおふたりにも声をかけて、そのイベントにあったお菓子を作ってもらったりしました。これからもっと連携しながら、道内の人はもちろん、外から来た人たちにも楽しんでもらえるようなことを企画していきたいです。

最後に今お店をやりながら改めて感じる根室の魅力について教えてください。

根室は人の手が介在していない美しい自然があります。人の手が入った自然はどこにでもあると思うんですけど、根室のようにこれだけ原始的な自然が生活のすぐ隣にあることは、例えばどういうことに美しさを感じるのか、自分の意識を改めて考えるきっかけにもなるんです。そういうなかで、衣食住にまつわるお店をやっていくことは、自分にとってもとても理にかなっているような気がしています。

水島 七恵
水島 七恵
編集者。新潟生まれ。人の営みから生まれる文化全般を思考領域としながら、雑誌やウェブメディアを中心に、企画とディレクション、執筆を行う。最近の仕事に「TOKYO PAPER for Culture」(vol.01〜vol.16)の編集ディレクションと執筆、雑誌「リンネル」(毎月20日発売)でのシネマレビュー執筆などがある。自分の原点は、音楽。最近目覚めたことは、筋トレ。私にとって編集とは世界の見かたを増やす手段だと思っています。

Related

おすすめキーワード