072016
Special #12
芦沢啓治氏が考える、ハンガーラックのあり方
建築家 芦沢 啓治氏
建築家の芦沢啓治氏が手がける家具には、いわゆるデザイナーがつくる家具とは
異なる面白みがある。それは建築には欠かすことのできない構造の確かさであったり、
これは芦沢さんの独自の感性が生み出すものかもしれないが、
端正な家具の佇まいや表情であったりする。DUENDEの新作はそんな芦沢さんがデザインした、
親子で使うことができるハンガーラック「DUE」である。そのDUEが生まれた背景を中心に、
芦沢さんのものづくりのプロセスについてお話をうかがった。
親子で使えるハンガーラック
DUEの大人と子供が一緒に使えるハンガーラックというコンセプトが新鮮でした。それはどのように発想されたのでしょうか?
ハンガーラックの役割には、服をきれい掛けることや、パーテーションになるなどいくつかあります。日本においてはそもそもハンガーラックを部屋の中に置かなければならないという住環境の問題もあると思っています。ですがクローゼットの中にしまっているよりも服を取り出しやすいという利点があり、服を隠したくないという人も当然いると思います。そのためには普段は隠れているものが表に出てきたときに、生活の風景にきちんと馴染むものである必要もあります。同時にそうでもあるならば、最大限の収納ができるものをデザインするのが私たちの仕事だろうということから考え始めました。最初はハンガーを引っ掛けるラックがあって、その下に収納ケースが置けるようなものをデザインしていたのですが、でもそういうものはすでに世の中にたくさん存在していますし、DUENDEであえてそれをつくる必要もないだろうと思いました。それで試作を前に打合せをしていたときに、お互い小さな子供がいて、子供のためのクローゼットってなかなかないよねという話になりました。それで上に子供の服、下に大人の服を掛けることができる2段のハンガーラックというDUEのアイデアが生まれたのです。
とても面白いですね。
それを実際そのように使っていただけるかどうかは分かりませんが、親と子供が一緒に使えるような環境装置としてのデザインをすることができればと考えました。それはもしかしたら親子の関係性にも影響を与えるような、単なるプロダクトではなく、コミュニケーションツールにもなるかもしれません。もちろん大人が使うことができるフレキシブルさも兼ね備えたものである必要もありました。
家の中に親の服と子供の服が一緒に掛かっているハンガーラックがあるという、その風景が素敵だなあと思いました。
ありがとうございます。これが成立するのは、親と子の関係のあり方も含めて、その関係が対等であるという状況が受け入れられる、今という時代背景も関係しているのかなと思っています。そう考えたときにそのようなプロダクトは今までありませんでしたし、そこをきちんと考えていこうということからDUEをデザインしていきました。それで部屋の中にインテリアのひとつとしてあるもの、子供も一緒に使うものと考えたときに、無骨なものではなく、形や素材も含めてスマートなものである必要があるだろうと考えました。
確かに、DUEの木とスチールの組み合わせひとつとっても、存在としての軽やかさを感じました。
そうなんです。全部スチールだとやり過ぎな感じがありますし、部屋の中に置かれるものなので柔らかい感じが必要だと思っていました。それとハンガーラックって金属製のものが多く、ハンガーを掛けるときに、金属音がしがたちだと思うのですが、DUEの場合はハンガーを掛ける部分が木になっていますので、ソフトに服を掛けることができます。つまりクローゼットの中では許されていることが、外に出てくることで考えなければならないことがあるということです。例えば、コンピューターがオフィスにあるときは角ばった四角い形でも良かったのですが、それが誰もが使うようになって、家の中に入ってくるようになると、今のような優しいシルエットに近づいていったわけです。そのことはハンガーラックにも言えると思っています。
DUENDEにおけるものづくり
どのようなプロセスで製作されたのでしょうか?
DUENDEでものづくりをする際には、ディスカッションをしながら進めていくのですが、最初のプロトタイプ制作からここに来るまで11ヶ月くらいの時間をかけています。それとDUENDEは比較的金属素材で作ることを得意としているブランドという印象がありましたし、逆に全部木材でつくるとコストが跳ね上がってしまう、そこらへんのバランスはいろいろと考えました。ですが、DUENDEはエンジニアリングがきちんとしていて、どんな素材を使ってもいい形におさめることができる家具ブランドです。DUEは以前にDUENDEで手がけたサイドテーブルであるTREと同様に、金属と木材の組み合わせで構成される家具ですが、その組み合わせもうまくいきました。私自身金属加工の仕事をしていたこともありますので、製造プロセスにおけるやり取りもスムーズでした。
DUENDEとの出会いを教えてください。
2010年に自社で「Prototype」展をしたときに、3つのパイプをジョイントすることができる「Pipeknot」という家具シリーズのプロトタイプを展示したことがありました。少しデザインは違いますが、その時に発表したもののひとつが先ほどのTREの原型になったものでした。その際にDUENDEのプロダクトとして製品化したいとお声がけをいただいたのがきっかけです。そのころから建築だけではなく、家具やプロダクトデザインの仕事もしていたのですが、当時は海外のブランドにしか目を向けていず、ヨーロッパのブランドとものづくりをしたいと思っていて、国内のメーカーにはあまり目を向けていませんでした。ですが熱心にお声がけいただいたこともあって、ご一緒させていただくことになりました。
これまで芦沢さんがコラボレーションしてきたイケアや石巻工房など、DUENDEが他のメーカーと異なる点はどんなところですか?
DUENDEは生真面目な仕事の取り組み方をするブランドだと思っています。目指しているところがはっきりしていますし、そこにきちんと届けられていて、その届け方がスマートであるという印象をもっています。家具のサイズ設定やフラットパックができる配送の仕方ひとつとってもDUENDEらしいスタイルがあります。時にそこが制約になってしまうこともあるのですが、デザイナーとしてはそこから始まるデザインもあると思っています。
芦沢さんご自身はDUENDEのどんなところをイメージしてデザインをされていますか?
都会的でありながら、いい意味であまり気張らない等身大のデザインですね。それと現代においては、家具を買おうというときに、ひとつのブランドのお店に行ってすべてを揃えて、というような時代ではないと思うんです。どちらかといえば、家の中を見渡してみて、次はこんなものがあったらいいな、という形で家具を選ぶのが現代の感覚に近いと思うんです。でもどうせ買うならデザインもクオリティもいいものを買いたい、という時にお客様が選ぶのがDUENDEの家具だと思っています。
人の環境をデザインする家具
DUEをデザインをする上でこだわったところを教えてください。
部屋の中に出てくるものという意味ではデザインする上で責任がありますよね。まずは部屋の中にあっても空間に馴染むスマートなデザインであること。それとハンガーラックは服を掛けるという用途をもっていますから、次第に洋服の山のようになっていきます。それはそれでアリなのですが、そのようになっても雑然としないようなデザインを心がけました。それとそれがもっているストラクチャー(構造あるいは機構)が部屋の雰囲気を壊すほど強すぎてもいけません。それがあることで生活を整える機能性に加えて、生活にやわらかく馴染むハンガーラックが欲しいと思っている人にとっての選択肢のひとつになればと思ってデザインしました。
芦沢さんのデザインする家具には、例えば空間の一部としてのインテリア、あるいはそれとは間逆にあるような、空間からは自立したある種アートやオブジェとしての存在感のある家具、その二つのイメージを感じます。
それは嬉しいですね。デザインする以上は機能を伴った上での美しさは求めています。そのためにはDUEもTREもそうですが、どれだけ構造を削ぎ落とすことができるかということはつねに考えています。無駄なものはノイズだと思っていて、それを排除することで凛とした姿が立ち上がってくるものをつくりたいといつも思っています。
DUEは大人と子供が一緒に使うことができる家具ですが、大人と子供の境界線についてはどのようにお考えですか?
家具という視点からいえば、家具において作り手が目指す耐久時間と、子供でいる時間のスケールがマッチしていないと思っています。私はつねづねタフなものが作りたいと思っていて、子供のための家具であったとしても、大人になっても使えるもの、あるいは背伸びをすれば子供も使うことができて、大人も十分に使えるものをデザインするべきだと思っています。いわゆる子供らしいものも悪くはありませんが、ものづくりという意味ではどちらかといえばそのほうが正しいのかなとは思っています。そもそもが大人と子供の境界線は曖昧ですし、子供用だから安全のために角を丸くすればいいという単純な話でもありません。作り手もユーザーも、いかにそこに広がるであろう景色をともに想像することができるかということが家具の楽しさに繋がっていると思っています。そういった意味ではDUEは、オートクチュールの服から子供用のカジュアル服までが掛かっていることをイメージしてデザインしています。ですのでこれからDUEを気に入って購入してくださった方が、どのように使って下さるのかとても興味があります。
芦沢さんにとって、建築と家具にはどのような関係性がありますか?
建築を考えるときには、周辺の環境から考えていくことが基本としてあります。家具のデザインの場合は、家の中のどこに置かれるのかというところから考えていきます。デザインの構図としては周辺の環境を考え、それがどうあるべきかを考えるという意味では建築も家具のデザインも共通しています。そういった意味では「環境をつくる」ということを建築でも家具でも同じように考えています。ただ家具のデザインが気持ちがいいのは、建築と違ってたとえれば一枚の絵の中におさめられる楽しさがあると思っています。
最後にDUENDEに期待すること、DUENDEのラインナップにおいて今後デザインしてみたいというものがありましたら教えて下さい。
家具メーカーとして10年以上の歴史を重ねてきており、当時のユーザーも一緒に歳をとってきています。その時間の中でDUENDEがターゲットとする都市生活者というもののあり方の見直し、それとニッチとは言わないまでもさらなる上質化など取り組むことはあると思います。ですが生活を影から支えるDUENDEのブランドとしてのあり方はまさにその通りだと思っています。これまでDUENDEがつちかってきたお客様もそんな感覚をともに共有したいと思っているはずです。私としてはそこでのものづくりをDUENDEとしてこれからもお手伝いできればと思っています。
芦沢 啓治
建築家。1973年東京都生まれ。2005年、芦沢啓治建築設計事務所設立。建築からプロダクト、家具のデザインなどを手がけ、国際的に活躍する。石巻工房にも代表として携わる。