042017

Special #17

ふたつの東から

text & photography : 水島 七恵

渋谷駅。大好きなロシア料理レストランが入ったビルがいつの間にか目の前の風景から消えていた。

新陳代謝の激しい東京で、ビルが一棟瞬く間に消えてしまうのは特別なことではないし、変わっていくことは必要なことだ。

ただ、立ち止まって考える時間もないくらい早い速度で風景が変わってゆくことには、いつまでも慣れずにいる。

変わりながらも、変わらず心の真ん中で感じられる自分にとっての自然な生き方、暮らし方。

いつしかそんなことを求め始めたときに、日本の最東端、根室での暮らしに出会い、ジャーナルでも記事を書いた。

それから約1年。その後の根室に移住した人々の活動を追った。

根室と東京が繋がるとき

2月18日、JR 根室駅のすぐ目の前、根室インフォメーションセンター内にあるVOSTOK laboのアトリエを訪れたら、laboの中村美也子さんと野﨑敬子さん、そして東京からMERCI BAKEの田代翔太さん、チェルさんが迎えてくれた。ちょうど4人はVOSTOKが企画するイベントEASTERN vol.01の初日(2月18日)を終えて、翌日に用意するお菓子の仕込みをしていた。

EASTERNは、東の都「東京」と日本の東に位置する「根室」の相互文化交流を目指して立ち上がった企画だ。根室の豊かな自然や素材を活かしながら、ここで暮らす地元の人と移住者、そして都市で暮らす人たちとの交流の場を図ることで、移住や2拠点での生活を視野に入れながら、これからの新しい暮らしを一緒に探っていけたらという想いが込められている。ジュエリーデザイナーで根室文化推進協会VOSTOKを主宰する古川広道さんは言う。

EASTERN vol.01の会場となったguild Nemuroにて、お店のオープン準備をするMERCI BAKEのチェルさん。

「原始の自然の懐に抱かれながら、自然のサイクルの一部となって暮らしていく根室には豊かな素材がたくさんあります。同時に僕自身住んでいたことのある東京の視点、都市の暮らしもまた、この社会を生きる上で必要不可欠なもの。根室と東京。EASTERNは違った環境で育まれたものと出会い、対話する中で新しい暮らしのアイデアが生まれたらいいなという想いを込めて立ち上げました」。

 

今年で根室に移住6年目を迎える古川さんは、2011年、趣味のフライフィッシングで根室を訪れたこときっかけに、この土地の可能性に惹きつけられて単身移住。その後、同じく移住した仲間とともにVOSTOKを立ち上げて、昨年には食べることを通して根室の魅力や文化を伝えるVOSTOK laboを中村さん、野﨑さんとともにスタートさせた。

昼の部のオープンと同時にたくさんのお客さんで賑わう会場内。もともとMERCI BAKEのファンというお客さんも多くいた。

北方領土4島に近く元島民も多い根室市は、ロシアとの間で日々交流が続いている。そんな縁を想起させるようなロシア民芸の数々の展示販売も行った。

「今、食を通じたVOSTOK laboを立ち上げて活動しています。そんなlaboのショップもついに根室駅前にオープンします。 いよいよここからです」と、前回のジャーナルで古川さんは語っていたが、実際に2016年5月、根室市の協力のもとアトリエをオープン。根室の旬の食材を使ったVOSTOK laboの料理やお菓子は、地元の人を始め、道内、そして東京で暮らす人々にも瞬く間に広がっていき、話題を呼んでいる。と同時にそれは今まで気づくことができなかった地元の魅力、または普段馴染みのなかった日本最東端のまちへの関心や興味を人々の心の中に深めることにもつながっていた。

vostok laboとMERCI BAKEの共作で生まれた、根室をイメージしたオリジナルの焼き菓子は、ラッコと流氷、そして貝がモチーフに。

オリジナルの焼き菓子は、EASTERN限定ボックスに包まれて。イラストはワタナベケンイチさんによるもの。


EASTERNのはじまり

そんな古川さんたちVOSTOKがVOSTOK laboを中心に企画したのがEASTERNだ。第一回目となる今回、東の都「東京」のパートナーとなったのが、松陰神社前にお店を構えるMERCI BAKEの田代さん、チェルさんだった。ガトーショコラ、ブランデーケーキ、レアチーズケーキ、スコーンなど、10種類のケーキや焼き菓子が並ぶMERCI BAKEのお店。フランスのリヨンで修行した田代さんが作るお菓子は、特別な日に気張っていただくというよりも、例えば起きがけに1杯コーヒーを飲みたくなるように、暮らしの中の句読点になるような美味しさに包まれたお菓子ばかりで、多くのファンが日々足を運ぶ。

「EASTERN、初日。たくさんのお客さんが足を運んでくれましたが、お客さんを迎える気持ちは意外にも東京で自分のお店に立つときと全く変わりませんでした。根室に来たんだ!と実感したのは、古川さんの車の中で地図のナビゲーションを見た時ぐらいで(笑)」と語る田代さんは、VOSTOK laboの二人と友人だったことがきっかけになって、昨年根室を訪れていた。

「根室に来てみて、今まで見たことがない風景をたくさん見ることができていろんな刺激をもらっていたのですが、実は東京に戻ってきた後の方が、より根室の魅力に気づいた感覚があって、しばらく根室を引きずっていました。根室はとてもシンプルで何もない場所という印象があって、ここで暮らすということは決して楽ではないと思うんです。でもその楽ではない部分、簡単には移住したいと思えない場所であることにすごく魅力を感じました。根室を通じて、僕自身、生きる力の無さを感じましたし、そもそもなぜ今、僕はこの東京で生きているんだろうとか、自分の生き方や暮らし方を見つめるきっかけになったんです」。

 

EASTERN vol.01夜の部。会場中央の長いテーブルの上に振る舞われた料理は、EASTERNに賛同した根室の各料理店の皆さんによって作られたもの。

ここでしか食べられない貴重な料理の数々を立食形式で堪能しながら、根室と東京をつなぐ懇談会が行われた。

こうした田代さんの眼差しは、古川さんたちVOSTOKとも共通する視線だ。

「より良いくらしとか何なんだろうということを常に考えられる人たちとEASTERNは作り上げていきたい。まさにMERCI BAKEの田代くんは、そういうことを考えている人だと思いました。方法論は違ってもきっと見ているところが近いというか、変わらないことを選ぶのではなく、変わっていこうとする人だと感じたんです」。

この街には希望がある

EASTERNの会場は、セレクトショップguild Nemuro。ここで昼夜の2部構成で2日間(夜は1日のみ)に渡って行われ、想像以上に多くの人々が集まった。

昼の部。MERCI BAKEの定番のお菓子を始め、根室をイメージして作られたVOSTOK labo& MERCI BAKEコラボレーションクッキーと淹れたてのコーヒーが楽しめるテーブルを中心に、VOSTOKメンバーである恵比寿POSTセレクトの根室をイメージした写真集、ロシア民芸の展示販売などを行い、オープン前から行列ができた。

そして夜の部では、MERCI BAKEによるスペシャルなお菓子を始め、あんくる&チボリ、すし善、どりあん、明郷伊藤牧場、ボスケットなど、根室の地元食材を使った人気店の料理を囲みながら、東京や札幌、道東中からのお客さんを招き、パーティーが行われた。古川さんは言う。

「貧困や人口減少を含めいろんな社会問題があるけれど、それがテレビの中の世界になるのではなく、自分ごととして捉えていくためにはどうしたら良いのかなというのがつねに頭の中にあります。そういう中でもいろんな考えや暮らし方、生き方があっていいけれど、共通していることは、人類が滅びることなく豊かに永続していくこと。そのための方法論を色々と模索していきたいんです。それがVOSTOKの活動があって、その活動の入り口とも言えるEASTERNは、これからも年に1度の冬のイベントとして育てていけたらいいなあと思っています。ものを買うという行為の先にある、自らが体験することで何かが開けていく。そういうことを目指してやっていきます」。

EASTERN、夜の部でのこと。多くの人々が集まる中で、「この街には希望がある」と、田代さんは言った。

 

希望——。

 

馴染みある言葉だし、少し気恥ずかしさが混じる言葉でもある。だけど私はこのとき田代さんが口にした希望が自分の中でとても切実に迫ってきた。
それはこんな暮らしをしていきたいと思えること。そのための選択肢があること。いろんな個性を持った人や街が、共存しながら互いを思いやること。田代さんが感じた希望は、いつしか私自身が希望という言葉の意味を反芻するきっかけになっていた。

今後もEASTERNでは年に一度、ふたつの東をつないでいくという。いろんな人のきっかけになりますように。私も引き続き、寄り添っていきたいと思う。

MERCI BAKEによる、夜の部限定デザートが登場。こちらも大人気ですぐにお皿は真っ白に。

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[1,2,3]. EASTERN vol.01はその後、舞台は根室から東京へに変わり、3月26日、27日の2日間、MERCI BAKEでも行われた。残念ながら伺えなかったが、最終日の夜には、eatrip野村友里さんが根室の鱈や蟹、猟師さんが獲ってきたエゾシカなど、根室の食材をふんだんに使い腕を奮った。
[4,5].同時期にMERCI BAKEの真向かいにある古本屋のノストスブックスでは、VOSTOKが企画する植物標本展「north herbarium・biosophia」を開催。100年前の北欧の植物や根室に生息する植物の標本をguild Nemuroによるセレクトによって展示された。

水島 七恵
水島 七恵
編集者。新潟生まれ。人の営みから生まれる文化全般を思考領域としながら、雑誌やウェブメディアを中心に、企画とディレクション、執筆を行う。最近の仕事に「TOKYO PAPER for Culture」(vol.01〜vol.16)の編集ディレクションと執筆、雑誌「リンネル」(毎月20日発売)でのシネマレビュー執筆などがある。自分の原点は、音楽。最近目覚めたことは、筋トレ。私にとって編集とは世界の見かたを増やす手段だと思っています。

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