IBMあるいは、りんごのものがたり

日々、意味>新 2017.03.10 加藤 孝司
今も工芸がいきいきと息づいていることは言うに及ばす、人がつくり出すものは、テクノロジーや科学が進化したことにより大幅に変わるのだろうか?以前、新聞の一面広告に「この100年を、次の100年へ」とキャッチコピーのつけられたIBMの広告が掲載されていたのをみたときの衝撃は今も忘れることができない。
IBM社は今年で創立105年の世界的なコンピューター・カンパニー。’80年代もなかば、世間が好景気に湧き、まだAppleがメジャーではないころ、僕らの未来はIBMのコンピューター・テクノロジーとともにあった。’60年代のアポロ11号の月面着陸に先立ち、人類の宇宙探査にむけた研究をはじめ、その実現の際には、システム開発を手がけたIBM。

科学と共同し、生活のサービス向上をはかり、経済発展に寄与し、「THINK=考える」をスローガンにかかげ、未来のよりよい暮らしについて思考した。僕たちの日常のちょっとした情報や、都市のインフラ、健康状態まで、それらはコンピューターの発達によって、効率的かつ、機能的に管理され、暮らしは日進月歩、便利になっていくものだと考えられていた。情報はコンピュータの端末により、一極集中に極めて合理的に管理され、それによって、ミスやトラブルは未然に防ぐことができる。テクノロジーとともに、そんな未来が来ることを誰もが疑うことがなかった、人類の「ゴールデンエイジ」とともにIBMは確かに、あのころ、あったのだ。そして、「クレイジーな人たちへ」。1997年、アップルコンピューターはそんなマニフェストをかかげ、均質化、画一化、硬直化した世の中の価値観を、デザインもコンセプトも、さらに精鋭化させたパーソナル・コンピューターによって、「クレイジー」な人びとの、個人的な思考でもって、柔軟に解きほぐしていった。

アルバート・アインシュタイン、パブロ・ピカソ、ボブ・ディラン、ジョン・レノン、バックミンスター・フラー、マーティン・ルーサー・キング。
ある意味、異端で、発明家で、天才で、しなやかでクレイジーな人々。彼らを大胆に起用した広告戦略は、アップルを単に消費の対象としてのコンピューターを販売する企業でなく、背景をもって未来の暮らしを提案する企業であることを印象づけた。本当の意味でのクレイジーな人びとが、この世界を変えるというメッセージとともに。

この言葉に僕はどれだけ勇気づけられたことだろう。
いまこそ、その意味を、考えてみたい。

加藤 孝司
加藤 孝司
加藤孝司/かとう たかし
デザインジャーナリスト。東京は浅草生まれ。デザイン、クラフト、アートなどを横断的に探求、執筆。雑誌やウェブなどへの寄稿をはじめ、2005年よりはじめたweblog『FORM_story of design』では、デザイン、建築、映画や哲学など、独自の視点から幅広く論考中。休日は愛猫ジャスパーと過ごすことを楽しみとしている。

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