072017

Special #19

アイデアが浮かぶとき Vol. 1

森岡督行氏(森岡書店店主)インタビュー

Photography & Text : 加藤 孝司

週刊誌、雑誌、小説、図鑑、参考書。まちの書店に足を運べば、そこにはさまざまな種類の本が店頭に並んでいる。
東京・銀座にある森岡書店は、一冊だけの本を売る書店兼ギャラリーとして多くの注目を集めている。
そんな本屋が成立する背景には、本というものが著者、デザイナー、編集者、出版社、読者など、多くの「一人」によって作られ、支えられている、
その成り立ちにも関係しているのではないだろうか。

一方アイデアとは、個人の思索の積み上げによりふとした瞬間に突発的に生み出されるものでもある。
現在の本の流通と向き合うときに、一見奇抜な「一冊の本を売る」というコンセプトを考え出した森岡氏に、
そのアイデアが生まれた背景についてお話を伺った。

これまでとこれからの10年を考える

一冊の本を売る本屋というアイデアが浮かんだのはどんな時ですか?

最初に思い浮かんだのは、茅場町のお店で新刊の出版イベントを何回か行っていた2007年の頃でした。そのときに著者の方にもお店に来ていただき、大勢のお客様がご来店し、著書にサインをしていただいたり、みなさんとても楽しそうに過ごされていました。そういった意味では、森岡書店の初期の段階から、一冊の本があればお客様も来ていただけるのではと確信していたんです。

その時にどのようなことを思ったのですか?

ものすごく豊かだなと思いました。それで、当時は古書や新刊などを織り交ぜた古書店という形でのお店の体制だったのですが、一冊の本さえあればいいんじゃないかと、飲み会の席で何人かの方にお話ししたそうです。それが2007年のことでした。実はそのことを私自身は覚えていなくて、そのときに居合わせた方から、こんなことを言っていたよとあとになってうかがいました。

それでは企画をあたためていたという訳でもなかったんですね?

そうなんです。しばらく忘れていたんです。

それは面白いですね。

それで茅場町の森岡書店が10年目を迎えるというときに、このまま続けられるのかという怖さというか不安もあって、次の10年に向けて新しいことをしなければと思っていたときに、一冊の本を売る本屋というコンセプトを思い出しました。

そうだったんですね。

それをどうしたら実現できるだろうかと真剣に考え始めたのが2014年の初夏のころでした。知り合いの編集者の方にそのアイデアはいけるのかということを相談したりしていました。

新しいものを始めるということと、怖さという二つの感情があったのですね。茅場町の森岡書店自体軌道に乗っていたと思うのですが、このままの路線でお店の規模を拡大するというふうには思わなかったのでしょうか?

そうですね。ビルの雰囲気にひかれて来てくださるお客様も大勢いらっしゃいましたので、お客様のためにもこのまま茅場町で続けることもできたとは思います。ですが、さきほどお話ししたように、10年お店をやらせていただいて、新しいことをやりたいと自分でも思ったんですね。でも繰り返しになりますが、正直10年やってきて、次の10年も同じようにやっていけるとは思えなかったというのが一番大きいですね。

その時、本以外の仕事をしようとは考えなかったのですか?

実は、お陰様でお店に加えて、執筆の仕事もさせていただいていたので、文筆業に集中するということも真剣に考えていました。ですが、一冊の本を売る本屋というアイデアが復活してきて、そのほうが面白いという気持ちがふつふつと湧いてきました。そんなことを知り合いに相談していたときに、Takramの渡邉康太郎さんからスマイルズの遠山さんがイベントをするから来ませんか?というお誘いをいただきました。そのイベントというのが、遠山さんが優れたアイデアに対して出資をするというもので、それで2014年の9月に「一冊の本を売る本屋」というアイデアを遠山さんにプレゼンをしました。

そんなきっかけがあったのですね。

そうなんです。それで気に入っていただき、takramの渡邉さんがデザインを担当してくださるということで、一冊の本を売る本屋というプロジェクトが始動していきました。

「森岡書店」という意味では、茅場町と銀座のお店の違いはどのようなものですか?

茅場町はそれこそ自分ひとりで始めた本屋ですが、銀座の森岡書店はいろんな人の力があって立ち上がったお店です。パズルのようなイメージがありますね。


笑うことで思考が柔軟になる。

斬新なコンセプトの本屋さんを運営されている森岡さんですが、どんな時にアイデアが浮かぶのですか?

自分でもどんな時だろうとふと考えた時に、あることが思い浮かびました。自分はよく思い出し笑いをするんです。

思い出し笑いですか??

そうです。思い出し笑いをしているそうなんです(笑)。自分では当たり前なことだと思っていたのですが、ある時、知り合いから指摘されたことがあります。「思い出し笑い」というのはひとつのキーワードになると思います。いつも妄想しているんです。

 

それは何かがふと思い返されて一人で微笑んでいるのですか?

ええ。自分では笑っているつもりはないのですが、今笑っていましたねと人に指摘されることがたまにあります。

そんな時は、文字通り何かを思い出しているのでしょうか?

そうなんです。それが自分にとってのひらめきです。今日電車に乗っているときにも思い出し笑いが止まらなくなって、笑いをこらえるのに必死でした。その時に何を思い出していたかは今はもう忘れてしまったのですが、その時はものすごいことを思い浮かべていました。あとこの間、百貨店の売り場にいたときにも、思い出し笑いが止まらなくなって困ったことがあります。深く掘り下げることは出来ないのですが、自分にとっては思い出し笑いは何かのヒントになっているような気がしています。

森岡さんにとって思い出し笑いは、単に過去の出来事を思い出しているのではなく、何かが心に浮かんでいる状態なのですね。

真剣な話なのですが、思い出し笑いをしているときには、次から次へと何かが浮かびやすい心の環境が整っている状態だと思うんです。

笑うことで思考が柔軟になっているということでしょうか?

そうです。笑うことで思考が柔軟になっているんだと思います。

「笑い」ということ自体哲学的問題でもありますよね。

そうですね。フランスの哲学者アンリ・ベルクソンも笑いについて論じていました。

森岡さんが「笑い」についての本を書くとしたらどんな本になりますか?

「過去の思い出し笑いの事例とアイデアとの関係性を読み解いていいく」というものはどうでしょうか。

それはいいですね。「過去に僕はこんな思い出し笑いをした」という書き出しはいいですね。そういった意味では、思い出し笑いについて深く考えたことはありませんでしたが、興味深いテーマかもしれません。思い出し笑いもそうですが、ふと思い出す、ということには、自分の深層心理や無意識と関連していると思うことがあります。

そうですね。いままさにふと思い出したのですが、かつてラウンダバウトの小林さんと永福町の飲み屋でお酒を呑んでいた時に、お互いにアハハと笑っていたことがありました。その時にまさに二人して思い出し笑いをしたんです。

一緒に呑みながらも、二人して違う次元にいたのですね。

はい。二人で呑んでいる意味がありませんね。

笑いという意味では、開放する、解きほぐすと同時に、苦笑いのように、包み隠すという場合もあるのではないでしょうか。朗らかな笑いも、苦い思い出を思い出して苦笑いするということもありますよ。笑いには確かに無意識下のイメージを喚起する力がありますね。
人間にとって無意識の内に思考しているということはしばしばあることで、森岡さんにとっても意識化されない考えが意識化で一冊の本のようにストーリーが紡がれているということがありそうですね。

それが思い出し笑いがトリガーになって意識に上がってくるということだと思います。そういった意味では思い出し笑いって、スポーツの選手にとっての練習と同じなのかもしれませんね。とっさの時に真価を発揮できるために準備をしているような。

スポーツ選手にとってのルーティン。日々の積み重ねということですね。

はい。それが私にとっては思い出し笑いに繋がっているように思います。


あらためてお聞きしますが、10年目の新しいスタートに選んだ場所はなぜ銀座だったのでしょうか?

個人的には、この場所にお店を出したのは、かつてここに名取洋之助が1933年に設立した、日本の報道写真やデザインの草分け的存在であった日本工房があったことが大きいです。それが今も私の使命というかモチベーションになっているもののひとつです。
お陰様で今では大勢のお客様と国内外のメディアのみなさんにも興味をもっていただき、これまでたくさんの取材もしていただきました。あらためて一冊の本を売るというコンセプトには需要があったんだと思っている今日このごろです。

具体的にはどのようなところが注目されたんだと思いますか?

現代の日本では本というものは残念ながら斜陽産業と考えられています。そんな中、自分の取り組みを新しいものだと捉えてくださる方が多くいらっしゃって、本業界に対するイノベーションであると言ってくださる方もいます。

ある意味リノベーションでもありますね(笑)

そうとも言えるかもしれませんね(笑)。本屋というものは歴史のあるものですし、メディアとしても古いものであるともいわれることもあったわけです。それがあらためて新しいものであったり、面白いものであると感じていただいているのかもしれません。

近年ではZINEカルチャー(DIY的な手法でつくる少部数発行の本)が注目されたり、本に対する向き合い方も柔軟になりつつあることも関係しているかもしれませんね。

それもあるかもしれませんね。本屋をやらせていただいていて、自分自身も含めてまだまだ余白の部分ってあるんじゃないかと思っています。今後はそこに挑戦していきたいと思っています。

今は森岡さんのキャリアにおいて、どのへんにいると思われますか?

私は今43歳なのですが、かの白洲次郎さんは43歳のころよりめざましい活躍をされたと評伝の中に書かれていました。白洲さんと比べるのはおこがましいのですが、そういった意味ではやっとスタートラインに立ったのかなという気持ちでいるところです。

森岡督行 もりおか・よしゆき

森岡書店店主。1974年山形生まれ。東京神保町での古書店勤務を経て、2006年7月、茅場町に森岡書店をオープンする。2015年、「一冊の本を売る書店」をコンセプトに銀座に移転。雑誌への寄稿や講演会への登壇、「BOOK OF JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌」(ビー・エヌ・エヌ出版)、「荒野の古本屋」(晶文社)、「東京旧市街地を歩く」(エクスナレッジ)など著書多数。

加藤 孝司
加藤 孝司
加藤孝司/かとう たかし
デザインジャーナリスト。東京は浅草生まれ。デザイン、クラフト、アートなどを横断的に探求、執筆。雑誌やウェブなどへの寄稿をはじめ、2005年よりはじめたweblog『FORM_story of design』では、デザイン、建築、映画や哲学など、独自の視点から幅広く論考中。休日は愛猫ジャスパーと過ごすことを楽しみとしている。

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